『麒麟がくる』までに行きたい!福知山城、御霊神社…明智光秀ゆかりの地・京都府福知山市
2018年7月2日 更新

『麒麟がくる』までに行きたい!福知山城、御霊神社…明智光秀ゆかりの地・京都府福知山市

織田信長の命で丹波を平定し、近江と合わせて34万石の大名となった明智光秀。福知山城を居城とし、善政を布いた光秀は領民にも愛されました。その痕跡は、現在もたどることができます。光秀が主人公の大河ドラマ『麒麟がくる』でさらに注目度アップ、ゆかりの地の中でも光秀への愛にあふれる京都府福知山市をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

丹波を平定した明智光秀

明智光秀

明智光秀

丹波平定の頃は光秀の絶頂期だった。
朝倉義景から足利義昭へと主を変え、ついに織田信長の直臣となった明智光秀。
天正3年(1575)の長篠の戦いや越前一向一揆との戦いの後に、信長の命で丹波平定に乗り出しました。

当初、亀山城を平定の拠点にした光秀ですが、丹波独特の山がちな地形と、足利義昭を掲げる丹波の国衆の抵抗に手を焼き、一時は敗走するほどでした。
しかも、この間に雑賀攻めや石山本願寺、松永久秀との戦いにも参戦しており、ついには過労で倒れてしまいます。

しかし地道な攻めが功を奏し、天正7年(1579)についに丹波平定を達成。信長は感状を送り、「光秀の働きは天下の面目を施した」と激賞します。
こうして丹波を加増された光秀は、近江と合わせて34万石取りの大名となりました。
この時まさに、光秀の絶頂期だったのです。

今回紹介する明智光秀ゆかりの地はこちら!

・光秀の居城「福知山城」
・光秀が水害対策でつくった「明智藪」
・光秀を無実として祀る「御霊神社」
・光秀ファンなら訪れたい「明智茶屋」

光秀の居城「福知山城」

福知山城

福知山城

もとは横山城といい、光秀の丹波攻めの際には敵方の城だった福知山城。
丹波平定後、光秀が縄張りを新調して大改築を行いました。

光秀が討たれた後は、羽柴秀勝や有馬豊氏などが城主となりました。
明治時代に廃城となりますが、現在は三重三階の大天守と二重二階の小天守が再建され、郷土資料館となっています。
福知山城

福知山城

天守台から本丸にかけての石垣は当時のものだそう。

光秀が水害対策でつくった「明智藪」

丹波を平定し福知山城に入った光秀は、城下町の整備とともに水害対策も行いました。
そしてつくられたのが「明智藪(蛇ヶ端堤)」です。
洪水を度々起こしていた由良川の流れを改修、川に沿って竹を植え、それを堤防としたのです。
明智藪によって水流が安定し、船着き場が多くつくられた。

明智藪によって水流が安定し、船着き場が多くつくられた。

via 写真提供:福知山市
ちなみに山崎の戦いの後、落ち武者狩りに遭って光秀が落命した場所も「明智藪」と呼ばれていますが、これはまた別の所です・・・。

光秀を無実として祀る「御霊神社」

御霊神社

御霊神社

via 写真提供:福知山市
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