目黒は江戸の人気観光地!浮世絵にも残る当時の面影【古地図と巡る江戸街並み探訪:第2回】
2018年8月2日 更新

目黒は江戸の人気観光地!浮世絵にも残る当時の面影【古地図と巡る江戸街並み探訪:第2回】

桜の季節には目黒川沿いが美しく彩られ、高級住宅街が広がり、おしゃれな店舗も並び立つ街、目黒。この街は、江戸時代はどのような姿であったのでしょうか。JR目黒駅界隈から東急東横線中目黒駅界隈までを、江戸時代の古地図とともに、この街の歴史を探ってみたいと思います。きっと意外な発見があることでしょう。

岡田英之岡田英之

目黒周辺は江戸のはずれだった

目黒白金界隈の江戸切絵図

目黒白金界隈の江戸切絵図

via 国立国会図書館デジタルコレクション
現在の中目黒から目黒周辺を、目黒川と目黒不動を基準にす...

現在の中目黒から目黒周辺を、目黒川と目黒不動を基準にすると比べ易い。

via 出典:国土地理院ウェブサイト
目黒周辺の古地図がこちらです。
江戸時代後期のものですので、かなり江戸の街が発展し、人口はゆうに百万人を超えていた頃のものです。北東側の白金はそれなりに建物も多いのですが、目黒界隈はいくつかの大名屋敷(白地に名前)と、寺社仏閣(赤く塗られているか、イラスト入り)、その他はほぼ田畑が広がる田園地帯でした。
その作物は江戸に運ばれて人々の生活の糧となり、江戸の周辺にあって江戸の街を支えた地域のひとつだったのです。その為、江戸の街の喧騒からは、少し離れた場所でした。

しかし、この地域は江戸の人々に人気の地域でもありました。そして、その歴史を今に伝える場所も多く残されているのです。今回は、その面影を紐解いていきたいと思います。

目黒の顔ともいえる目黒川沿いの急斜面

目黒は、JR目黒駅から南側、目黒川に至る道が、急な下り坂になっています。これが、目黒の特徴の一つでもあるのですが、この地形は江戸時代から有名でした。
JRの駅からは、南西側へ二本の坂道が降りています。「行人坂」と、「権之助坂」です。
行人坂と権之助坂。大圓寺、明王院にも注目を。

行人坂と権之助坂。大圓寺、明王院にも注目を。

via 国立国会図書館デジタルコレクション
江戸時代の古地図にも明記された二本の坂は、最初は「行人坂」のみでした。
今も「大圓寺」がありますが、他に坂には「明王院」という寺があり、「修行僧(=行人)」が行きかったことから「行人坂」と呼ばれていました。
ご存じの通り、余りに急坂で、雨が降ったりすれば舗装もされていない坂道は通行にも困難を極めたため、少しなだらかに隣に坂を造ったものが「権之助坂」になります。
元々は「新坂」と呼ばれたこの場所に、農民に慕われた名主の「権之助」が住んでいたから、とも、「権之助」が幕府の許可なく、罪に問われることを承知で、通行に便利な様にこの坂を切り開いたから、とも言われています。それだけ、「行人坂」が難所であったことを示しているものでもあるでしょう。今では、「権之助坂」周辺が発展し、道幅も大きくなりましたが、当初は「行人坂」の様に狭い坂として使われていたようです。
行人坂を上がる途中で。

行人坂を上がる途中で。

今でも重要な幹線道路です。
via 撮影:岡田英之
権之助坂の上から

権之助坂の上から

すっかり広くなり、発展しています。
via 撮影:岡田英之
この傾斜面を利用して「大名屋敷」がありましたが、この屋敷も、仕事をするための「上屋敷」ではなく、余暇や休日を過ごすため、そして面会などに用いるための「下屋敷」でした。
名前の上についている、「●印」がその「下屋敷」を表します。

現在の感覚からしますと、高いところに身分の高い人が住む様な感覚かと思いますが、当時は良い「傾斜面」に身分の高い人が住んでいました。当然、江戸城中心部に近いほど便利が良いため、そこの傾斜面は重臣たちに抑えられていました。

なぜ「傾斜面」なのかといいますと、こういった「傾斜面」からは水が湧き出ることが多かったのです。この水は、生活用水としても便利ですが、それ以上に屋敷の重要な設備、池のある美しい「庭園」を造るのに大変重要だったのです。その為、傾斜面には大名屋敷が多く作られることとなりました。
この目黒の傾斜面も、良い水が湧き、有力大名の「下屋敷」が設けられていたわけです。周辺には下屋敷が多く、ちょっとしたリゾート地の様な感覚が近いと思われます。
印が付いていて、白地に名前があるところが大名屋敷。●印...

印が付いていて、白地に名前があるところが大名屋敷。●印が下屋敷を示す。

via 国立国会図書館デジタルコレクション
この斜面は夕日が丘と呼ばれ、ここからの眺めは浮世絵にも描かれていて、当時の注目ぶりを表しています。
『富士三十六景 東都目黒夕日岡』

『富士三十六景 東都目黒夕日岡』

via 国立国会図書館デジタルコレクション
目黒・中目黒周辺を描いた浮世絵は、他にも複数あります。これは、この辺りが当時注目のエリアであり、人気が高かったことを裏付けるものでもあります。
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岡田英之

岡田英之

おかだひでゆき。1977年、神奈川県生まれ。株式会社歩き旅応援舎での古地図散歩や、SNSを活用した博物館散歩、鎌倉散歩といった街歩きなどのガイドを務める。特に、歴史ある「場所」「モノ」に対する、専門用語を使わない、わかりやすい解説を得意としている。テレビ朝日系列「羽鳥慎一のモーニングショー」のコーナー、「良純未来図」や、BS朝日の「テイバン・タイムズ」に歴史案内人として複数回出演。著書に『東京街かど タイムトリップ』(河出書房新社)がある。 公式

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