藩主をしのぐ日本一の大地主!庄内藩・山形県酒田市の本間家が貫いた義
2017年3月8日 更新

藩主をしのぐ日本一の大地主!庄内藩・山形県酒田市の本間家が貫いた義

身分制度が厳しかったとされる江戸時代は、武士が商人や農民たちに威張りちらしていたというイメージを持っている方が多いかもしれません。しかし、東北の庄内藩(現在の山形県の日本海側)には藩主をはるかにしのぐ力を持つ豪商がいました。それが、戦前まで日本一の大地主とされた本間家です。その庄内藩の栄華を伝える雛祭りが4月3日まで開催中。ぜひこの機会に訪ねてみては?

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

藩主を超える財力を誇った本間家とは?

山形県酒田市にある本間家旧本邸

山形県酒田市にある本間家旧本邸

本間家は酒田を拠点に金融業や米取引、そして北前船交易などで莫大な富を築き、新田開発にも力を注ぎました。庄内藩は譜代大名の酒井家が幕末まで統治しましたが、その石高は13万石ほど。これに対し、本間家の財力は20万石規模に相当していたとされ、その繁栄ぶりは「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」とうたわれたほどでした。

本間家はもともと佐渡の豪族で、血筋をさかのぼると関東の武士だったといわれます。上杉景勝に反逆したため滅ぼされますが、一族の中には上杉方に味方したものもいました。彼らは会津に国替えとなった上杉家に付き従い、その中で酒田に移り住んだ一族は武士の身分を捨て、江戸時代に商人となったのです。

庄内藩の強固な結束を支えた本間光丘

本間光丘が祀られている光丘神社(山形県酒田市)

本間光丘が祀られている光丘神社(山形県酒田市)

庄内藩主である酒井家は圧倒的な経済力を誇る本間家を何度も頼りにし、本間家もまた忠実に応えました。特に3代当主の本間四郎三郎(光丘)は、なんと藩主から藩政改革を任せられて奔走。また資財を投げうって海岸に防風林をつくったり、酒田港に灯台を設けるなどしました。さらに飢饉に備えて米を大量に備蓄して、のちに多くの領民の命を救ったのです。

家臣たちに妬まれることを警戒した四郎三郎は役職を退きましたが、その後も本間家は藩と協調し、財政再建や農政改革などに尽力。歴代藩主もまた領民を手厚く保護する姿勢を貫き、庄内藩は藩主、家臣、領民が固く結束して困難を切り抜けていきました。

それを物語るのが天保11(1840)年に持ち上がった「三方領地替え」という国替えの命令が老中・水野忠邦によって下されたときでした。

酒井家が越後長岡へ転封されることを知った領民は幕府に直訴して命令の撤回を訴え。本来なら死罪になるところですが、この行動を幕府は「義民」と称賛して命令を撤回。この運動も本間家が支援したといわれており、酒井家は江戸時代を通じて一度も国替えがありませんでした。

戊辰戦争では敗れるも最新兵器で活躍

幕末、武器の斡旋をして「死の商人」と呼ばれたエドワルド...

幕末、武器の斡旋をして「死の商人」と呼ばれたエドワルド・スネル

幕末の動乱期、佐幕派の庄内藩は商人エドワルド・スネルから最新式のスナイドル銃を購入して、攻め寄せてきた新政府軍を撃退。中老の酒井玄播が指揮する庄内藩兵は隣接する秋田藩へ侵攻し、敵を次々に破りました。

その戦力を支えたのは本間家が提供した莫大な軍資金だったことは言うまでもありません。佐賀藩兵との激戦を繰り広げる中、会津藩や米沢藩など周辺の諸藩が次々と新政府軍に降伏したため庄内藩も戦闘を停止しますが、最後まで領内への敵の侵入を許しませんでした。

明治時代以降も本間家は地方財閥として栄えますが、戦後の農地改革解放で所有したほとんどの土地を失いました。

本間家を偲んで訪ねたいゆかりの地

本間家旧本邸

本間家旧本邸

酒田市には現在、幕府の巡検使を迎えるために四郎三郎が建築した武家屋敷「本間家旧本邸」が見学できます。また、別荘の「清遠閣」と広大な日本庭園「鶴舞園」は本間美術館の一部として公開されており、かつての栄華を伝えています。一見贅沢に見えるこれらの屋敷や庭園を造成したのも、農民に手入れをさせることで凶作時の仕事を確保するためだったとされます。

本間家旧本邸では、本間家に伝わる雛人形を展示した「本間家のおひなさま」が現在開催中です。4月上旬までの開催ですのでお見逃しなく。
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