藩主自ら脱藩!?「最後の大名」林忠崇の戊辰戦争【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第18回】
2018年7月28日 更新

藩主自ら脱藩!?「最後の大名」林忠崇の戊辰戦争【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第18回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第18回は、昭和まで生きた最後の大名・林忠崇ゆかりの地。請西藩の第3代藩主でありながら、大名自らが脱藩してしまうという異色の経歴を持つ稀有な人物でもあります。あまり知られていない人物ではありますが、彼の戊辰戦争の軌跡を辿れば、きっと興味がわくはずですよ。

小栗さくら小栗さくら

徳川のための脱藩

忠崇は、小田原藩や韮山代官所の力を借りて、東海道の諸侯を説き伏せようとしていました。
しかし、“今の立場では、慶喜公と申し合わせたように思われてしまう“と考えた忠崇は、とうとう「自らの脱藩」を決意!
そうして忠崇とそれに従う藩士約60人は、遊撃隊と合流し、陣屋を出立します。

逃亡する藩士もいた中で、諏訪数馬という家臣は、結核で3年寝たきりだったにもかかわらず、「お供させてください」と槍にすがって現れました。しかし、道中力尽きた諏訪は、自害という最期を迎えてしまうのです。この忠臣ぶりには涙を禁じ得ませんね…。

遊撃隊の進軍

 (22617)

海路、真鶴(まなづる/神奈川県)から上陸した忠崇らは、慶喜の従兄弟が治める小田原ヘと向かいます。
しかし小田原では藩主に会うことさえできず、遊撃隊は武器と食料を渡され、今度は韮山代官所へ。ところが結局これも軍資金を得るのみで、彼らの当ては外れてしまうことになります。

箱根戊辰戦争

箱根関所

箱根関所

via 写真提供:箱根町役場
こうしたなか遊撃隊の耳に入ったのは、彰義隊の「上野戦争」でした。勝敗までは伝わらなかったため、「彰義隊と東西呼応するため、箱根の関所を押さえてしまえ!」と考えた人見勝太郎らが独断で動き出し、残りの隊もそれに続きます。
遊撃隊が関所を制圧した前後にも、小田原の藩論は佐幕と新政府派で二転三転していました。ついに新政府軍からの命令を受けた小田原軍は遊撃隊と激突。遊撃隊は多勢に無勢のなか善戦しますが、死傷者が出たり、伊庭八郎が左手を失うなど大きな痛手を受けることになります。
遊撃隊のお墓があるという箱根・早雲寺

遊撃隊のお墓があるという箱根・早雲寺

北へ、そして降伏へ

箱根での敗戦後、奥羽列藩同盟の一員となった遊撃隊は、磐城戦争でも奮戦します。忠崇はその戦闘中に、失望のあまり戦死しようとしたり、家臣と散り散りになって山を彷徨い歩いたりという、およそ大名なら経験しないことも味わったようです。

その後、仙台や会津、米沢などに身を置いた忠崇でしたが、最初の頃の勢いが失われていき、段々と行き当たりばったりのような行動が増えていきます。それは彼が戦う理由を失ってしまったからなのかもしれません。
忠崇は、東北での戦いの最中に、ようやく「徳川家がとっくに家名存続を許されている」という事実を知ることになったからです。
忠崇も訪れた白石城

忠崇も訪れた白石城

via モリハルさん

かつての領地へ帰農した大名

榎本武揚らと蝦夷地へ行くことをやめ、新政府に降伏することを決意した忠崇。
しかし降伏後した時には、すでに請西藩の領地は召し上げられていました。しかも林家は叔父・忠交の子・忠弘が継ぐこととなったため、彼には行き場がなかったのです。
九段下

九段下

謹慎が明けた忠崇は、一時忠弘のもとへ身を寄せます。彼らが暮らしたのは、かつての上屋敷があった九段下周辺だったとか。
via 提供:小栗さくら
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小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

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