【国内随一の桜名所】吉野に咲き乱れる桜は南朝で散った武士たちの魂
2017年2月24日 更新

【国内随一の桜名所】吉野に咲き乱れる桜は南朝で散った武士たちの魂

三寒四温の日々が続き桜の開花が待ち遠しくなってきましたね。数ある桜の名所の中でも歴史ロマンあふれる桜と言えば奈良の吉野です。西行法師や松尾芭蕉といった文人墨客を魅了し、豊臣秀吉が大花見を行いました。そんな華やかな桜の木の下には無数の武士が眠っているそうです。都が置かれた南北朝時代を中心に振り返ってみましょう。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

奈良の山岳地帯「吉野」に開かれた南朝

後醍醐天皇御像

後醍醐天皇御像

古代日本を形成した大和朝廷が生まれ、藤原京や平城京といった都が造営された奈良は日本人にとって〝心のふるさと〟と言っても過言ではありません。

天応元(781)年に即位した桓武天皇が長岡京、続いて平安京へ遷都したことで日本史の中心は京都へ移りますが、その後も大和(現在の奈良県)には天皇家とゆかりのある強大な寺社勢力が存在。「南都」と呼ばれ、平安時代から鎌倉時代にかけての権力者たちにとって無視できない場所でした。

そんな大和に再び朝廷が置かれます。室町幕府を開いた足利尊氏から逃れた後醍醐天皇が1336年、亡命政権さながらに険しい山岳地帯である吉野(現在の奈良県南部)に開いた仮の御所「吉野行宮(よしのあんぐう)」です。これを境に京都と吉野に正当性を主張する二つの朝廷が並び立って抗争を繰り広げる南北朝対立の時代へ突入していきました。

吉野は天皇家にとってのリゾート地

その吉野ですが、すでに応神天皇の時代(3~4世紀頃)から離宮があったとされ、歴代天皇や貴族も頻繁に訪れる、いわばリゾート地でした。天皇家とのゆかりが深いせいか、江戸時代の十津川郷士に代表されるように土地の人々は非常にプライドが高く、世俗の権力にたやすくなびかなかったとされます。そんな気風のせいか、時の権力者から逃れて再起を目指す人々をかくまってきた歴史が吉野にはあります。

代表的なのが大海人皇子(のちの天武天皇)や源義経、平家の落人などですが、後醍醐天皇が逃れた当時の吉野山は山城の様相となっており、河内の楠氏や伊勢の北畠氏といった南朝方武将と連絡をとるにも有利な場所でした。そのため後醍醐天皇が三種の神器を持って吉野行きを選んだのは、ごく自然なことだったようです。
後醍醐天皇の跡を継いだ後村上天皇像

後醍醐天皇の跡を継いだ後村上天皇像

しかし、南朝の拠点となったことで吉野は幕府軍の攻撃にさらされます。特に1348年に行われた高師直軍の乱入は凄惨を極め、南朝方は多くの犠牲者を出し、吉野行宮も焼失。後醍醐天皇の跡を継いだ後村上天皇は賀名生(現在の奈良県五條市)へ逃れざるを得ませんでした。

それでも吉野の人々は南朝に忠誠を誓うことを忘れず、終始劣勢に立たされながらも、なんと応仁の乱の頃まで100年以上も抵抗を続けたのです。今も南朝の面影を残す後醍醐天皇玉座が吉水神社(奈良県吉野郡吉野町)に残ります。

桜の木の下に眠るのは無数の武士?

木の根元を見れば南朝武士の面影が感じられる?

木の根元を見れば南朝武士の面影が感じられる?

現在の吉野山は、春になればシロヤマザクラを中心に約200種類、3万本の桜が咲く誇る国内随一の桜の名所ですが、これだけ多くの桜があるのは無念の死を遂げた南朝の武士を埋葬した場所に植えたためとの説があります。桜は成長すると広く大きく根を張り簡単には掘り起こせないため、名誉の死を遂げた武士の亡骸を守るため墓標として選ばれたとされます。まさに桜の木の下には「屍体が埋まっている」というわけです。

しかし、これは事実とは確認されていません。江戸時代以前は、よほど身分の高い人を除いては、墓標を設けない土葬をするか、遺灰を山や川にまくことが一般的だったためです。吉野山に桜が植えられるようになったのは、約1300年前に修験道の開祖とされる役行者(役小角)が桜の木に蔵王権現を刻んで吉野山に祀ったことがきっかけとされています。これにより桜は「ご神木」として認識され、金剛峯寺などを参詣した人々は献木として桜を植え続けたようです。

吉野の桜を見るなら例年4月中旬頃

吉野山一面に咲き誇る桜

吉野山一面に咲き誇る桜

華やかでありながら、幾多の戦乱にも見舞われてきた吉野。「歌書よりも軍書に悲し吉野山」とは江戸時代の俳人、各務支考(かがみ・しこう)の句ですが、戦いに敗れ去った者たちの悲哀と憤怒の思いが刻まれた地だからこそ、吉野の桜は一層美しく見えるのかもしれません。

南朝武士にふれるべく、吉野の桜をぜひ訪ねてみてください。例年は4月中旬頃から見頃を迎えますが、詳細は吉野山観光協会ホームページよりご確認を。開花予報は3月に発表されますので、もう少しお待ちください。
南朝で散った武士たちが美しい花を咲かせているかと想うと、ほろりときますよ。

(黄老師)
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