意外と知らない?徳川家康と日光東照宮の意外な関係、ゆかりの品々
2016年12月26日 更新

意外と知らない?徳川家康と日光東照宮の意外な関係、ゆかりの品々

初代江戸幕府将軍・徳川家康。260年の礎を築いた彼に相応しく、家康ゆかりの地は全国各地にあります。今回はその中でも最も豪華絢爛にして終着の地・日光東照宮と、そこで見ることができる徳川家康ゆかりの品を紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

なぜ日光東照宮に徳川家康のお墓がある?

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学生時代、徳川家康のお墓と言えば「日光東照宮」と習いましたよね。もちろんそれは事実で、日光東照宮の奥宮と呼ばれる場所にはちゃんと家康のお墓が建っています。
しかし、よく考えてみると東照宮とは“宮”の名の通り神社です。神社にお墓?と疑問に思われる方もいるのではないでしょうか。
74歳で亡くなった徳川家康。死因は胃癌と言われているそう。

74歳で亡くなった徳川家康。死因は胃癌と言われているそう。

家康は亡くなる前、
「遺体は久能山へ葬り、増上寺で葬儀を行い、三河国の大樹寺には位牌を収め、一周忌が過ぎたら、下野の日光山へ小堂を建て勧請せよ。」
と、遺言したと言われています。

勧請とは神仏の分身・分霊を他の地に移して祀ることを言います。つまり家康は死後、子孫を見守るために自分が神様となって祀られることを望んだのです。その地に選ばれたのが日光でした。
日光東照宮 奥社 墓所

日光東照宮 奥社 墓所

息子・秀忠主導のもと、遺言にあるように、家康の遺体は久能山で埋葬されます。そして一周忌の際、棺が日光に運ばれお墓が建てられると、東照大権現として祀られたのです。
日光東照宮は、家康のお墓であるとともに家康自身を神様として祀っている神社だったのです。

日光にもある?家康の遺愛品

日光東照宮が今のような豪華な姿になったのは、三代将軍・家光の治世。
寛永の大造営と呼ばれる工事で建てられました。各大名から奉納された灯篭なども所狭しと並んでいます。

そう、お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、お墓という性質上、日光にあるものは家康の死後に建てられたり奉納されたものがほとんどなのです。
そんな日光にも、家康ゆかりの品はあるのでしょうか?

安心してください。東照宮入り口である石鳥居の手前に「東照宮宝物館」という施設があり、家康ゆかりの品が多数展示してあります!
その中から、いくつか興味深いものを紹介しましょう。
日光東照宮宝物館

日光東照宮宝物館

関ヶ原の戦いに着て行った!?『南蛮胴具足』

南蛮胴具足(重要文化財)

南蛮胴具足(重要文化財)

付属されている外箱の墨書に「関原御陣御着用御具足」とあることから、関ヶ原の陣中に持って行ったとされる甲冑で、国の重要文化財に指定されています。

名称に南蛮と入っていることからも分かるように、西欧の鎧を模倣して作ったものだと言われており、日本オリジナルの具足と比べると胴周りがどことなく西洋の甲冑風の作りになっています。
なんと!重さは14kgもあり、現代の私たちからすると全く実用的だとは思えませんね。恰幅の良い姿で知られる家康ですが、展示されている具足を見る限り当時はなかなかスリムだったのではと想像することができ、今までの家康像とはまた違った印象を受けるかもしれません。

時計マニアだった家康が持っていた可愛い『熊時計』

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