よみがえる日本史名シーン!一騎打ち銅像3番勝負!!「ニッポン銅像探訪記 第6回:一騎打ち銅像」
2017年5月30日 更新

よみがえる日本史名シーン!一騎打ち銅像3番勝負!!「ニッポン銅像探訪記 第6回:一騎打ち銅像」

全国津々浦々に存在する英雄像。数でいったら大多数は単体の銅像なのですが、この連載でも紹介した「坂本龍馬&中岡慎太郎」や「維新の門像」のように、カップル像や群像の像も多く存在します。そんな複数像の中でも変わり種といえるのが、一騎打ちを描いた銅像でしょう。わざわざ一騎打ちのシーンを選んで銅像化したというのは、その対決が世間一般にも有名で広く浸透しているという証し。単体の銅像を造るよりも単純に2倍の予算がかかるわけで、そのためか、どの一騎打ち像も力のこもった秀作揃いです! そんな日本史名シーンを描いた一騎打ち像を、3番勝負+特別試合で紹介しましょう。いま、対決のゴングが打ち鳴らされます!!! カーン、カーン、カーン!

滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)

Battle1:源義経VS平知盛〜運命に身をゆだねた智将の最期

みもすそ川公園(山口県下関市)に立つ源義経と平知盛の像...

みもすそ川公園(山口県下関市)に立つ源義経と平知盛の像。2005年放映のNHK大河ドラマ『義経』を記念して設置された。今回紹介した4組の銅像のうち、3組が大河絡みとは、大河効果恐るべし!

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)
「青コーナーより、デビュー以来連戦連勝、暫定王者の源義仲や不敗を誇った平家一族をジャイアント・キリングで沈めてきた神童、源義経選手の入場です!!!」

「対する赤コーナーより、時代をつくり、時代を超えてきた栄光も今や見る影なし、名門の復興はこの男に託された!平家一族最後の砦、平知盛選手の入場です!!!」

と、格闘技調の煽り文句ではじめてみましたが、第1回戦は源義経VS平知盛。舞台は源平の戦い、最後の決戦となった壇ノ浦です。ときに反則ともいえるような奇襲攻撃で平家の牙城を突き崩してきた源義経。対する平家は、京都落ちして以降、一ノ谷の戦い、屋島の戦いで義経に連戦連敗。そんな中、壇ノ浦の戦いで平家方の実質的な総大将として背水の陣で挑んだのが、平清盛の4男で平家随一の智将として知られる知盛でした。決戦に臨む知盛は、一族の命運が尽きようとしていることをよく認識しており、この一戦で死を覚悟していたといいます。
下関と北九州を結ぶ関門橋をバックに対峙する、「八艘飛び...

下関と北九州を結ぶ関門橋をバックに対峙する、「八艘飛び」の義経と「碇潜(いかりかづき)」の知盛。わりと新しい銅像らしく、ダイナミックでリアルな造型。飛び上がる義経を波が支えており、見方によってはサーフィンをしているかのよう。

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)
その2人の一騎打ち像が、関門海峡を下関(山口県)側から望む、みもすそ川公園に立ちます。船を次々と飛び移って平家の攻撃をかわしたという「八艘飛び」よろしく、軽やかに跳ねる義経像。対する知盛は両手で碇を持ち上げ、その碇の綱を腰に巻き付けています。
碇を担ぎ上げる知盛。ずっしりとした碇の重さが伝わってくる。

碇を担ぎ上げる知盛。ずっしりとした碇の重さが伝わってくる。

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)
腰に巻き付けた綱は太すぎる感もあるが、それが大げさでは...

腰に巻き付けた綱は太すぎる感もあるが、それが大げさではなく、銅像の迫力を増すリアルな表現になっている。

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)
鬼の形相で義経をにらんでおり、振り上げた碇で義経に渾身の一撃を喰らわそうとしているように見えますが、じつはこれ、入水する寸前を描いたもの。

 一時は義経軍を押し返した知盛ですが、味方水軍の裏切りなどもあり敗戦濃厚となると、女房たちの入水を見守り、自らも碇を手にして海に身を投じました。

 碇を背負ったのは、海に浮かんだ屍を敵にさらしたくないという、男の矜恃ゆえ。知盛の入水は「碇潜(いかりかづき)」とも呼ばれ、『平家物語』のクライマックスを飾るとともに、能楽などでも演じられてきた名場面。それを知って銅像を見ると、知盛の表情からは無念さや悲壮感、諦めなどさまざまな感情を読みとることができます。
厳つい知盛に対して、涼やかで坊ちゃん顔の義経像。大河ド...

厳つい知盛に対して、涼やかで坊ちゃん顔の義経像。大河ドラマ『義経』の主演、タッキーこと滝沢秀明を意識した? 

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)
銅像の脇には、大河ドラマ『義経』の出演者の手形が展示さ...

銅像の脇には、大河ドラマ『義経』の出演者の手形が展示されている。

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)

Battle2:武田信玄VS上杉謙信〜龍虎相撃つ戦国最強決定戦!

八幡原史跡公園(川中島古戦場/長野県長野市)に立つ武田...

八幡原史跡公園(川中島古戦場/長野県長野市)に立つ武田信玄と上杉謙信の像。NHK大河ドラマ『天と地と』が放映された1969年に寄進された。

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)
血湧き肉躍る戦国時代を代表する一騎討ちといえばこちら! 越後の龍・上杉謙信と甲斐の虎・武田信玄が対峙した、八幡原の対決でしょう。

 時は永禄4年(1561)、北信濃(長野県北部)の支配を固めようとする信玄と、それを阻止せんとする謙信は、川中島の地に相対しました。両軍にらみ合いが続く中、軍師・山本勘助が信玄に注進した策が「啄木鳥戦法」。別動隊が上杉軍の背後をついておびき出し、挟み撃ちにしてやろうという策です。しかし、さすが“軍神”の異名を持つ謙信は、事前にそれを見抜き、八幡原の武田軍本隊に向けて突撃しました。
 
 防戦一方で大混乱に陥った武田軍。その時、謙信はわずかな騎兵を従えて、武田軍本陣に向けて突撃を開始したのです。狙うは信玄の首、ただひとつ。大軍勢の中、床几に座る信玄を見つけるや流星一閃、謙信が放った切っ先が信玄を襲います。太刀を振るうこと3度。しかし3度とも軍配によって防がれ、信玄の旗本の乱入より、謙信は退却を余儀なくされました。その後、武田別動隊が到着したことで戦況は逆転。龍虎の直接対決は、結局痛み分けに終わったのです。
この合戦で信玄が負傷したこと、上杉方に単騎で武田軍に突...

この合戦で信玄が負傷したこと、上杉方に単騎で武田軍に突撃した武者がいたことなどは文書などに残されているが、一騎討ち自体を示す一次史料はじつは存在しない。一騎討ちはなかったとする説も強いが、果たして?

via 撮影:滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)
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滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)

滝沢弘康(かみゆ歴史編集部)

かみゆ歴史編集部は「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。最近の編集制作物に『エリア別だから流れがつながる世界史』(朝日新聞出版)、『歴史REAL 山城を歩く』(洋泉社)、『戦国最強の城』(プレジデント社)、『鳥瞰イラストでよみがえる歴史の舞台』(学研プラス)、『廃城をゆく5〜戦国の城を極める!』など。代表の滝沢弘康は講演や講座、メディア出演も行う。 公式

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