井伊直弼の暗殺の遠因?彦根牛の味噌漬け「反本丸」【偉人が愛した肉料理:第2回】
2018年10月29日 更新

井伊直弼の暗殺の遠因?彦根牛の味噌漬け「反本丸」【偉人が愛した肉料理:第2回】

毎月29日の「肉の日」にちなみ、食文化史研究家の永山久夫さんが偉人が愛した肉料理を紹介する連載。第2回は牛肉の味噌漬け「反本丸(へんぽんがん)」です。幕府に牛の皮を献上するため、牛の屠殺が認められていた彦根藩で密かに作られていたという「反本丸」は大変な人気だったとか。実はあの歴史の大事件の原因にもなった?魅惑の肉料理をご紹介します。

永山久夫永山久夫

「反本丸」という牛肉の味噌漬け

井伊直孝

井伊直孝

彦根藩2代藩主・井伊直孝が江戸藩邸から国に送った手紙にも牛や馬の皮の取り扱いについて、細かな指示が記されていたとか。
「近江牛」は、「松阪牛」などとともにブランド肉としての人気が高いが、その名声は江戸時代からあった。
それが彦根藩(滋賀県)の「彦根牛」だ。
徳川将軍の譜代筆頭として仕えてきた彦根藩は、幕府の陣太鼓に使う牛皮を献上するのが習わしで、そのため牛の屠殺を公式に認められていたのである。
当然、解体したあとは肉が残る。
これを食用にしたのが3代藩主・井伊直澄の家臣、花木伝右衛門である。
彼は中国の医術書『本草網目』を参考に牛肉の味噌漬けを考案し、これを「反本丸(へんぽんがん)」と名付けひそかに売り出した。
『本草綱目 五十巻』には、黄牛肉(健康な牛の肉)は滋養...

『本草綱目 五十巻』には、黄牛肉(健康な牛の肉)は滋養に良いことと、反(返)本丸の作り方が書かれています。

via 写真提供:国立国会図書館デジタルコレクション
公然と売るわけにいかないので養生薬のような名前にしたが、これが評判になったようだ。
また、元禄10年(1697)に刊行された『本朝食鑑』には、牛肉は「気を補って血を益し、筋肉、腰足を強くして、人を肥健にする」とある。続けて「畜類の最も上品なもの」とし、こんなに養生によく美味なのに穢れといって禁じるのはなぜなのかと書かれている。
近江牛の味噌漬け

近江牛の味噌漬け

「近江牛の味噌漬け」を販売する千成亭。昭和23年(1948)に前身の上田精肉店を開業、近江肉の販売を開始した老舗の専門店です。好みにもよりますが、あまり焼き過ぎないのが美味しくいただくコツ。

暗殺は食のうらみ?

徳川斉昭

徳川斉昭

大の牛肉好きだった斉昭。息子・慶喜の肉好きも父親譲り?
彦根牛は幕末の上層部でも評判となった。
味噌漬け肉や干し肉が将軍家や水戸藩を含む御三家に毎年贈られ、人気があったようだ。
水戸藩主の徳川斉昭も大の牛肉好きで、彦根藩に「度々牛肉贈り下され、かたじけない」という令状を送ったとか。
井伊直弼

井伊直弼

大河ドラマ『西郷どん』では、亡くなったばかり・・・。
ところが彦根藩主で幕末の大老となった井伊直弼は、牛を殺して肉をとることを禁止してしまう。
これまで贈られてきた大名たちは大変不満を持ったが、藩が決めたことに口出しはできない。
それでも水戸の斉昭は強烈に牛肉を求めたが、そのたびに「すでに決めたことだから」とすげなく断られ、引き下がるを得なかった。

その頃の日本はアメリカ船がやってきて開国を迫り、将軍の後継問題が発生、幕府勢と公武合体派の激突もあり、騒然としていた。
その最中の安政7年(1860)、直弼は江戸城登城途中を水戸の浪士に襲われ、命を落としてしまう。「桜田門外の変」である。
井伊直弼が暗殺された「桜田門外の変」を描いた浮世絵。

井伊直弼が暗殺された「桜田門外の変」を描いた浮世絵。

事件の背景のひとつには、牛肉贈与の中止があったという説も。
世に恐ろしきは、食の恨みなり。
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永山久夫

永山久夫

食文化史研究家。食文化史研究所、綜合長寿食研究所所長。元西武文理大学客員教授。古代から明治時代までの食事復元研究の第一人者。長寿食や伝統的な和食の研究者でもあり、長寿村の食生活を長年研究している。著書に『永山豆腐店 豆腐をどーぞ』『和食の起源』『日本人は何を食べてきたのか』『100歳食入門』『長寿食365日』『なぜ和食は世界一なのか』など多数。 公式

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