関ケ原とあわせて立ち寄りたい!石田三成たち西軍の拠点となった大垣城
2017年10月19日 更新

関ケ原とあわせて立ち寄りたい!石田三成たち西軍の拠点となった大垣城

岐阜県大垣市にある大垣城。町のシンボルとして愛され、2017年には「続日本100名城」にも選定されました。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いにおいては石田三成ら西軍の本拠地にもなっています。関ヶ原の戦いゆかりの地としても、ぜひ立ち寄っていただきたいスポットのひとつです。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

路地を曲がると出現する大垣城

路地を曲がると出現する大垣城

via 撮影:ユカリノ編集部
岐阜県大垣市にある大垣城。4層の天守を持ち、「城下町・大垣」のシンボルとして愛されています。2017年には、続日本100名城にも選定されました。昭和20年(1945年)、惜しくも戦災で焼失してしまいますが、それ以前、天守は旧国宝に指定されるほどでした。
かつては幾重にも水堀をめぐらさ、現在の3倍以上の敷地があったそうです。その大きさから、「巨鹿城」「西美濃の要塞」とも言われました。
大垣城 東門

大垣城 東門

天守が復興された際に、七口之門の 1つである柳口門が移築されました。
via 撮影:ユカリノ編集部
本丸城郭図

本丸城郭図

via 撮影:ユカリノ編集部
大垣城は、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いにおいて西軍・石田三成の本拠地にもなった場所としても知られています。

関ヶ原の戦いの際、城主だった伊藤盛宗が西軍についたため、石田三成らが入城し、本拠地としました。9月14日の夜に西軍本隊が関ヶ原に移動すると、三成の妹婿で守備大将・福原長堯らが残り、東軍と攻防を繰り広げます。しかし本戦で西軍が敗北すると、大垣城も東軍に攻囲され落城したのです。
撮影:ユカリノ編集部 (8293)

via 撮影:ユカリノ編集部
おあむの松

おあむの松

大垣城の戦いで、武将・山田去暦の娘おあむはこの松から堀へ移り脱出したと言われています。おあむが語り継いだ籠城戦の逸話は『おあむ(おあん)物語』として現在でも知られています。
via 撮影:ユカリノ編集部

関ヶ原の戦いの貴重な資料も

関ヶ原の戦い本戦の舞台となるはずだった大垣城には、当時の貴重な資料が展示されています。
三成をはじめとした西軍武将による連署禁制の書(複製)なども展示され、まさに関ヶ原の戦い直前のリアルな様子が見て取れます。
三成らによる連書禁制(複製)

三成らによる連書禁制(複製)

9月5日付けで石田三成、小西行長、島津義弘、宇喜多秀家の署名と花押が。内容は、狼藉や竹木の伐採、放火を禁じ、違反したものには厳しく罰する旨が記されている。
via 撮影:ユカリノ編集部
本戦前日、9月14日の杭瀬川の戦いをジオラマで再現。

本戦前日、9月14日の杭瀬川の戦いをジオラマで再現。

関ヶ原の戦いの前哨戦にあたる杭瀬川の戦いでは、西軍が大勝しています。
via 撮影:ユカリノ編集部
他にも、関ヶ原の戦いに至るまでの経緯が動画などで分かりやすく展示されています。
関ヶ原の戦いは関ケ原だけで行われていたわけではない、ということを改めて感じられる大垣城。写真を撮り忘れてしまいましたが、ぜひ展望室で当時の景色に思いを馳せてみてください。
撮影:ユカリノ編集部 (8296)

江戸以降に城主をつとめた戸田氏が、実際に使用したという甲冑も残されています。
via 撮影:ユカリノ編集部
戦国時代の火縄銃や槍などを体験できるコーナーも。

戦国時代の火縄銃や槍などを体験できるコーナーも。

via 撮影:ユカリノ編集部
江戸時代に入り、1635年(寛永12年)に戸田氏鉄が城主となって以降は、明治に至るまで大垣藩戸田氏11代の居城となります。戦災で一時焼失してしまうものの、昭和34年(1959年)には4層4階の天守が再建、本丸、二ノ丸址は大垣公園として市民に親しまれています。
23 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

ユカリノ編集部

ユカリノ編集部

全国各地の「ゆかりの」エピソードをほぼ毎日お届け。知ればもっと行きたくなる、歴史の聖地巡礼へご案内します! 公式

関連する記事 こんな記事も人気です♪

人気声優のアニメ化が話題!『おあむ物語』の聖地・大垣

人気声優のアニメ化が話題!『おあむ物語』の聖地・大垣

関ヶ原の戦いでの大垣城の様子や女性たちについて著された『おあむ物語』。これをベースに岐阜県大垣市がプロデュースしたアニメ『おあむ物語 その夏、わたしが知ったこと』が動画で公開されています。三森すずこさんら人気声優が参加していることでも注目を集めるアニメと、アニメにも登場する大垣の魅力をご紹介します。
面白すぎる!関ヶ原ウォーランドで『関ヶ原の戦い』を体感してきた

面白すぎる!関ヶ原ウォーランドで『関ヶ原の戦い』を体感してきた

天下分け目の戦いといわれる「関ヶ原の戦い」。最近では司馬遼太郎氏の小説『関ヶ原』も映画化されるなど、今もなお注目される日本史を代表する出来事のひとつです。そんな関ヶ原の合戦地ほど近くにあるのが「関ヶ原ウォーランド」。合戦をわかりやすく理解できる体感型資料館ですが、ユニークなコンクリート像から珍スポットとしても話題です。そんな「関ヶ原ウォーランド」を覗いてみましょう!
新説の誕生で話題沸騰中!?関ヶ原の戦い【足軽さんと巡る!?古戦場レポ:第5回】

新説の誕生で話題沸騰中!?関ヶ原の戦い【足軽さんと巡る!?古戦場レポ:第5回】

歴史ナビゲーターの長谷川ヨシテルが古戦場をレポートする連載。第5回は「関ヶ原の戦い」です。岐阜県関ケ原町を舞台に慶長5年9月15日(西暦1600年10月21日)勃発した、天下分け目の戦い。今回はその戦いの舞台となった、東軍西軍の武将たちの陣跡を足軽さんと巡ります。話題の新説による布陣を現場検証してみると…?
関ヶ原にひるがえる!石田三成の家紋“大一大万大吉”の謎に迫る【家紋のルーツ:第5回】

関ヶ原にひるがえる!石田三成の家紋“大一大万大吉”の謎に迫る【家紋のルーツ:第5回】

家紋がいつ、どのように生まれ、なぜ使われるようになったのか?そんな家紋のルーツを日本家紋研究会会長の髙澤等さんがゆかりの地とともに紹介する連載。今回は石田三成の家紋です。三成の家紋といえば「大一大万大吉」が有名ですが、実は不確かな部分が多いのです。さらに「大一大万大吉」だけでも4種類あり…気になるその謎を紐解いてみましょう。
水攻めにも負けない難攻不落の城!忍城の戦い【足軽さんと巡る!?古戦場レポ:第3回】

水攻めにも負けない難攻不落の城!忍城の戦い【足軽さんと巡る!?古戦場レポ:第3回】

歴史ナビゲーターの長谷川ヨシテルさんが古戦場をレポートする連載。第3回は「忍城の戦い」です。豊臣秀吉の小田原征伐に伴い、現在の埼玉県行田市にある忍城を巡り発生したこの戦い。今回もその舞台を合戦に参加した足軽さんとともにレポートします。
【小倉、中津、熊本へ】西国きっての大国・肥前熊本藩誕生!細川忠興ゆかりの地・後編

【小倉、中津、熊本へ】西国きっての大国・肥前熊本藩誕生!細川忠興ゆかりの地・後編

細川忠興の波乱の生涯とゆかりの地をめぐるシリーズ。丹後時代を紹介した前編、細川家怒涛の関ヶ原の戦いをお送りした中編に続き、後編は、小倉、中津、そして西国きっての大国・肥後熊本藩が設立するまでの忠興と、ゆかりの地をご案内します。
【 細川家の関ヶ原の戦い 】実は滅びる寸前だった!細川忠興ゆかりの地・中編

【 細川家の関ヶ原の戦い 】実は滅びる寸前だった!細川忠興ゆかりの地・中編

慶長5年(1600)、会津征伐から始まる関ヶ原の戦いが勃発。丹後田辺、大坂玉造、豊後杵築、江戸、そして、関ヶ原と分断されての戦いを強いられることになった細川家は、国が攻め込まれ滅亡寸前に…!細川忠興の丹後時代を紹介した前編に続き、今回は5カ所に分かれて戦った細川家の関ヶ原合戦を中心に、忠興ゆかりの地をご案内します。
岐阜県御嵩町で『可児才蔵まつり in 願興寺』が開催!関ヶ原の戦いで最も首を獲った「笹の才蔵」の魅力に迫る

岐阜県御嵩町で『可児才蔵まつり in 願興寺』が開催!関ヶ原の戦いで最も首を獲った「笹の才蔵」の魅力に迫る

岐阜県御嵩町(みたけちょう)で、2017年10月12日(木)~15日(日)の期間、関ヶ原の戦いで最も首を獲った男とされる「可児才蔵」の魅力に迫る『可児才蔵まつり in 願興寺』が開催。才蔵ゆかりの願興寺・才蔵寺の住職によるトークショーなど、戦国好きならぜひ聞きたいイベントも。
【芸術の秋!武将まつりの秋!】2017年9月おすすめの歴史イベントまとめ

【芸術の秋!武将まつりの秋!】2017年9月おすすめの歴史イベントまとめ

まだまだ暑い日が続く9月は、歴史イベントも楽しみなものが盛りだくさん!人気武将のまつりに、注目の展覧会、この秋は幕末維新150周年にちなんだイベントも続々登場します。まつりではしゃぐ秋、芸術に触れる秋、そして歴史を学ぶ秋…いろんな秋をお楽しみください!
銅像も〝クソまじめ〟な石田三成とその仲間たち「ニッポン銅像探訪記 第9回:関ヶ原関連武将」

銅像も〝クソまじめ〟な石田三成とその仲間たち「ニッポン銅像探訪記 第9回:関ヶ原関連武将」

「9月15日は何の日?」と聞かれて答えられないあなたは、歴史好きとしてモグリです。そう、関ヶ原の戦いの決戦日ですね。今から417年前の旧暦の9月15日、美濃国(岐阜県)関ヶ原において戦国時代最大の合戦が勃発しました。毎年10月に「関ヶ原合戦祭り」が開催されるのは戦国ファンのよく知るところですが、今年は岡田准一主演の映画『関ヶ原』が公開されることもあり、にわかに盛り上がっています。今回は、石田三成を中心に関ヶ原参戦武将の銅像をたどってみましょう。