2018年は400回忌!特別展「直江兼続」が米沢市上杉博物館で開催
2018年4月20日 更新

2018年は400回忌!特別展「直江兼続」が米沢市上杉博物館で開催

大河ドラマ『天地人』でおなじみ、米沢藩の初代藩主・上杉景勝に仕えた直江兼続。400回忌にあたる2018年、米沢上杉博物館にて特別展「直江兼続ー兼続と新時代を切り開いた人たちー」が4月21日(土)より開催されます。兼続と武将との関わりに着目し、兼続の功績を見直した、戦国ファン必見の特別展の内容をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

直江家を相続、上杉家の執政として活躍した兼続

直江兼続像

直江兼続像

米沢市上杉博物館蔵
via 写真提供:米沢市上杉博物館
兼続の出生に関しては諸説あり、永禄3年(1560)に、樋口兼豊の長男として越後国坂戸城下、もしくは湯沢で生まれたともいわれています。
この地域は上田長尾家の勢力下で、当時の上田長尾家の当主・長尾政景は、上杉謙信の義兄にあたります。
この政景の死後、家督を継いだ顕景が、のちの上杉景勝です。

天正9年(1581)、兼続は、景勝の側近だった直江信綱の死後、その妻・お船と結婚して婿養子となります。
これは、信綱が「御館の乱」の後の混乱で亡くなってしまったため、名門・直江家が途絶えることを惜しんだ景勝によって勧められたといわれています。

兼続は、若くして上杉家の執政となり、内政・外交・軍事を統括する役目を担います。
内政では、信濃川の支流・中之口川の開削で越後平野の発展の基礎をつくり、軍事では新発田重家の乱の平定を成し遂げます。そして、外交では天下人・豊臣秀吉との折衝を行いました。

兼続と武将の関わりを通して、功績を見つめ直す

越後一揆絵図

越後一揆絵図

初公開となる絵図。
「越後一揆」とは「上杉遺民一揆」ともいわれ、関ヶ原の戦いに関連して起きた、上杉景勝と家康についた堀氏の戦いのこと。景勝の意向ではなく、兼続が独断的に動かしたともいわれています。

米沢市上杉博物館蔵
via 写真提供:米沢市上杉博物館
この特別展は、中世から近世という時代の変化とともに、兼続と武将との関わりを通して、兼続や上杉氏の動向を紹介するというもの。

中央政権との関わりでは石田三成を中心とした豊臣政権の構成者、豊臣政権の天下統一のために服属を働きかけた伊達政宗、また上杉家と江戸幕府との関係を安定させるため重要な役割を担った本多正信・政重父子らとの関係を浮き彫りにすることで、兼続の功績を考察します。
兼続ファンはもちろん、戦国ファンにとっても気になる内容です。

「直江状写」など、貴重な資料を展示

今回展示されるのは、石田三成画像(大阪城天守閣蔵)や、伊達政宗画像(仙台市博物館蔵)などの肖像画のほか、直江兼続所用と伝わる「紺糸威二枚胴具足」(会津若松市蔵)や、加賀本多博物館所蔵の本多正信関連の資料まで、なかなか見られないものも揃います。

さらに兼続といえばこちら、「直江状写」も展示されます。
「直江状」は慶長5年4月14日付で、兼続が京都・豊光寺の承兄に宛てた書状。
承兄は徳川家康の意向を受けて、謀反の嫌疑をかけられている上杉景勝に起請文の提出、上洛を求めたため、兼続は反論。
「景勝に逆心などない。讒言である。讒言する者を調べずに景勝に逆意ありとするなら、家康様の心にこそやましい思いがあるのではないか」と家康を非難したのです。

これを読んだ家康は激怒。上杉討伐を決定し、軍を会津に向けました。
その後、三成が上方で挙兵するのですが、これは兼続と三成の連携であったともいわれています。

軍事はもちろん、内政や外交にも長けた兼続。
その証拠に、約200年後の上杉家9代当主・鷹山は、兼続が行った施策をベースに藩政改革に着手し、奇跡的な財政再建に成功します。
400回忌を迎える今年、主家のために知恵をつくした兼続の功績を見つめ直してみてはいかがでしょうか。

特別展「直江兼続ー兼続と新時代を切り開いた人たちー」

 (18152)

開催期間:2018年4月21日(土)〜5月27日(日)
前期:4月21日(土)〜5月8日(火)
後期:5月10日(木)〜5月27日(日)
開催時間:午前9時〜午後5時
※入館は閉館の30分前まで
休館日:5月9日(常設展は見られます)、5月23日
開催場所:米沢市上杉博物館

4月29日(日)〜5月3日(木)「米沢上杉まつり」開催!

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