【5月27日は百人一首の日】平安一のモテ女子・和泉式部が復縁を願った!?京都・貴船神社
2018年5月27日 更新

【5月27日は百人一首の日】平安一のモテ女子・和泉式部が復縁を願った!?京都・貴船神社

平安時代中期の女性歌人・和泉式部。紫式部からもその実力を認められながら、多くの男性と関係を持ち、時の権力者である藤原道長には「浮かれ女」と評されたことも。その華麗なる?遍歴と恋愛成就を祈願したというゆかりの地をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

「浮かれ女」和泉式部

和泉式部

和泉式部

和泉式部は平安時代中期、天元元年(978)頃に生まれたといわれる女性歌人です。
歌才にも恵まれ、『源氏物語』の作者であり同僚でもあった紫式部からもその実力を認められています。
万寿2年(1025)に娘の小式部内侍が死去した後あたりから史料から姿を消し、晩年の動向は分かっていません。
多くの恋愛を経験し、時の権力者・藤原道長から「浮かれ女」と称された彼女。その男性遍歴とゆかりの地をご案内します。

1人め:橘道貞(たちばなのみちさだ)

和泉式部はまず、長徳元年(995)頃に橘道貞と結婚します。
道貞は藤原道長の家司でいわゆる受領階級でした。彼が和泉守になったことが、和泉式部の名の由来になっています。
しかし、2人の結婚生活はうまくいかなかったようです・・・。

2人め:為尊親王(ためたかしんのう)

道貞との仲が冷えてしまった頃、和泉式部は為尊親王と恋愛関係になります。
2人の関係は円満だったようですが、長保4年(1002)に為尊親王は病死してしまいます。

3人め:敦道親王(あつみちしんのう)

為尊親王が亡くなるとすぐに、弟の敦道親王からのアプローチを受けます。
兄の次は弟と、うらやましいほどのモテっぷりです。
敦道親王は為尊親王の同母弟。奔放な兄とは異なり内省的な性格でしたが、仲は良かったようです。
和泉式部日記

和泉式部日記

川村裕子編(角川ソフィア文庫 ビギナーズ・クラシックス)

和泉式部が秀逸な歌とともに綴った王朝女流日記の傑作。和泉式部が敦道親王と恋に落ちて親王邸に入り、正妻が邸を出るまでの経緯が、劇的につづられています。
2人はすれ違いを重ねつつも少しずつ心を寄せ合い、最終的に敦道親王は和泉式部を召し抱えます。
その顛末は、彼女が書いたといわれる『和泉式部日記』に詳しく描かれています。
苦難の果てに相思相愛となった2人ですが敦道親王も早世し、和泉式部は再び孤独の身になってしまいます。

最後の夫・藤原保昌と、和泉式部ゆかりの地

藤原保昌

藤原保昌

摂津守となり平井に住んだことから平井保昌とも呼ばれています。
敦道親王が早世すると、和泉式部は中宮彰子の女房として出仕します。
彰子の父である藤原道長が、和泉式部の結婚を斡旋したといわれています。その相手が藤原保昌です。
保昌は武勇に優れた人物で、盗賊・袴垂保輔との逸話や酒呑童子の退治譚など、多くの物語や浮世絵に描かれました。
しかし和泉式部との仲はあまりうまくいかず、結局離縁になったといわれています。

保昌との復縁を願ったといわれる「貴船神社」

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