越前の大名・朝倉義景と名門の栄華が復元された一乗谷朝倉氏遺跡
2018年6月6日 更新

越前の大名・朝倉義景と名門の栄華が復元された一乗谷朝倉氏遺跡

室町時代から5代、約100年にわたって越前(福井県)を中心に栄華をきわめた朝倉氏。その城下町である一乗谷のにぎわいは、京のように華やかだったそうです。一時期は明智光秀も仕えたものの、織田信長に滅ぼされてしまった朝倉義景と、朝倉氏の繁栄と文化レベルの高さを偲ばせる一乗谷朝倉氏遺跡についてご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

越前の名門・朝倉氏

現在の一乗谷

現在の一乗谷

via 写真提供:福井県
朝倉氏が越前に入ったのは南北朝時代のとき。越前守護・斯波氏の家老のひとりとして勢力を広げていきました。
さらに、応仁の乱をきっかけに起こった斯波氏の内紛に乗じて越前の支配権を奪取。
一乗谷城を築き、文明3年(1471)に越前の守護として認められると、足利将軍家の相伴衆に任じられるなど、名門と呼ばれるにふさわしい高い身分を得ていきました。
朝倉義景

朝倉義景

幼少期に関しては不明な点が多い義景。
義景が生まれたのは天文2年(1533)。第10代当主・孝景が40歳のときに生まれた唯一の実子とされています。
天文17年(1548)に家督を相続すると、父祖の代から続く加賀の一向一揆と和睦。
越前に平和と安定が続いたことから、義景は文化人としての才能を発揮し、城内1万人という戦国時代屈指の巨大都市・一乗谷を京風の文化に染め上げます。
やがてその繁栄は京の都にも知られるようになりました。

明智光秀も仕え、将軍・義昭も頼られますが・・・

明智光秀

明智光秀

鉄砲の射撃技術を買われて召し抱えられたといわれる光秀。
当時、このような栄華を築いた朝倉氏を頼って、一乗谷には全国より人が集まってきました。
美濃での勢力争いに敗れ、浪人だった明智光秀もそのひとりといわれています。
足利義昭

足利義昭

室町幕府最後の将軍となる義昭。
また、永禄8年(1565)に13代将軍・足利義輝が暗殺されると、その弟である義昭が保護を求めて一乗谷を来訪。
このとき義景は義昭を親身になって後見しますが、義昭の上洛へは冷淡であったと伝わります。
嫡男である阿君丸の急死がその要因ともいわれますが、この決断は朝倉氏の運命を大きく左右しました。
結局義景に見切りをつけた義昭は、永禄11年(1568)明智光秀の仲介によって織田信長のもとへ。
そして信長はその年のうちに、義昭を奉じて上洛を果たすのです。

織田信長により、朝倉氏滅亡

織田信長

織田信長

信長は2度に渡って義景に手紙を書いたといいます。
上洛により天下獲りのチャンスを得た信長にとって、自分の領国である美濃と京都の間に突き出た越前を治める義景は、非常に邪魔な存在。
そこで信長は天皇や将軍の命令という名目で義景に上洛を命じます。
ところが義景はこれを拒否したことから、反意があるという言いがかりをつけられ、信長に越前出兵の口実を与えてしまうのです。

その後両者の対立は一進一退をくり返しますが、元亀元年(1570)に起きた姉川の戦いなどを経て、天正元年(1573)には織田軍が総攻撃を開始。
その猛攻に朝倉軍は大敗し多くの重臣が寝返るなか、一乗谷に帰った義景は賢松寺において自害を遂げ、その生涯を閉じました。
朝倉義景の墓

朝倉義景の墓

朝倉義景の墓は、これから紹介する一乗谷朝倉氏遺跡内の義景館跡の東南にあります。
via 写真提供:福井県

朝倉義景ゆかりの地:一乗谷朝倉氏遺跡(福井県福井市)

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