2018年は没後200年!伊能忠敬の記念事業が千葉県香取市で開催
2018年4月19日 更新

2018年は没後200年!伊能忠敬の記念事業が千葉県香取市で開催

17年かけて全国を測量し、正確な日本地図を完成させた伊能忠敬。没後200年になる2018年、出身地である千葉県香取市佐原では5月20日(日)に記念式典を開催、新たに銅像が建されるなど、様々なイベントが予定されています。忠敬の偉業を見つめ直す貴重な機会、ぜひ参加してみませんか?

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

50歳から学び、55歳で測量を開始

香取市佐原公園にある伊能忠敬銅像

香取市佐原公園にある伊能忠敬銅像

足かけ17年をかけて全国を測量し、『大日本沿海輿地全図』を完成させ、国土の正確な姿を明らかにした伊能忠敬。
延享2年(1745)に、現在の千葉県山武郡九十九里町で生まれ、17歳で伊能家当主となり、現在の香取市佐原で、家業のほか、村のために名主や村方後見として活躍しました。

そんな忠敬が天文学の勉強をするために江戸に出たのは、50歳を過ぎてから。
当時の天文学者の第一人者である高橋至時に弟子入りし、55歳から71歳まで、10回にわたり日本全国の測量を行いました。
その結果、完成した地図は極めて精度が高く、欧州においても大変評価され、明治以降、国内の基本図の一翼を担うこととなるのです。
「寛政十二年測量小図」寛政12年(1800)作成。伊能...

「寛政十二年測量小図」寛政12年(1800)作成。伊能忠敬が最初に測量してつくった実測図。

via 写真提供:香取市

5月20日(日)「伊能忠敬翁没後200年記念式典」開催

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2018年は忠敬が亡くなった文政元年4月13日(1818年5月17日)から200年の節目にあたる年。
これを記念して、忠敬の偉大な功績を後世に伝えるべく、出身地である千葉県香取市佐原では、5月20日(日)に記念式典が行われるほか、銅像の建立や特別展の開催が予定されています。

伊能忠敬の新たな銅像が佐原駅に完成!

銅像建立イメージ

銅像建立イメージ

via 写真提供:香取市
記念式典ではまず、午前9時15分から佐原駅南口ロータリー内に建立された銅像の除幕式が行われます。
北極星の方向に向けて建てられた像は、過酷な環境である蝦夷地へ臨む、希望と熱意に満ちた姿が表現されているとか。完成した像が見られるのが楽しみですね!

子孫らが語る「シーボルト事件」とは

さらに、午前10時30分から佐原文化会館でシンポジウム「シーボルト事件〜「その時」と「その後」〜」が開催されます。

ドイツ人のシーボルトが、伊能図の写しを母国へ持ち帰ろうとして起きたこの事件。
日本地図の国外への持ち出しが禁じられていた当時、伊能図を渡した天文方の高橋景保(至時の子)は処罰され、シーボルトは国外追放になりました。
しかし彼は、密かに作った伊能図の写しを持ち出して帰国。これこそが、忠敬の功績が欧米に伝わる契機となったのです。
当日は伊能忠敬、シーボルト、さらには間宮林蔵のご子孫が集まり、200年の時空を超え、「その時」と「その後」を振り返ります。
これだけの子孫が揃う機会はもうないかも?ぜひチェックしてみてください。
開催日:2018年5月20日(日)
開催時間:午前9時15分〜午後0時30分
開催場所:佐原駅、佐原文化会館、香取市民体育館

香取市民体育館では「伊能大図全国パネル公開展」開催

「伊能大図全国パネル公開展」

「伊能大図全国パネル公開展」

via 写真提供:香取市
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