【大河ドラマの主人公・井伊直虎が守り抜いた少年 】「徳川四天王」として恐れられた井伊直政ゆかりの地を巡る!
2017年2月9日 更新

【大河ドラマの主人公・井伊直虎が守り抜いた少年 】「徳川四天王」として恐れられた井伊直政ゆかりの地を巡る!

大河ドラマ「おんな城主 直虎」は柴咲コウさん演じる井伊直虎が主人公ですが、やがて登場するキーマンが、菅田将暉さん演じる井伊直政です。徳川家康の重臣であり猛将として知られた彼のゆかりの地をご紹介しましょう!

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

苦難の幼少時代から出世街道を上りつめた井伊直政

美男子としても知られた直政

美男子としても知られた直政

井伊直政は、永禄4(1561)年、井伊直親の長男として生まれました。直虎は直親の元許婚で、親類に当たります。
直政の幼少時代は波乱に満ちており、井伊家の当主が次々と倒れていく中、父・直親もまた主君の今川氏真に誅殺されてしまいました。絶えかけた井伊家は直虎が中継ぎとして当主となりましたが、直政は依然として今川方に命を狙われていたのです。そのため、直虎らによって寺に預けられて成長し、15歳になった時に徳川家康と出会い、小姓として召し抱えられました。

以後、猛将兼外交官として力を発揮し、「徳川四天王」のひとりとして家康に重用されるようになったのです。彼の勇猛果敢な赤備え姿は「井伊の赤鬼」と称され、敵味方問わず評価されました。

その後、関ヶ原の戦いの時の傷が元で、慶長7(1602)年、42歳の若さで亡くなります。彼は彦根藩初代藩主として、依然として尊敬を集める存在です。

直政が成長した鳳来寺(愛知県新城市)

紅葉の名所としても有名な鳳来寺

紅葉の名所としても有名な鳳来寺

父・直親を殺された直政は、今川方に命を狙われ続けていました。そこで、井伊家の菩提寺である龍潭(りょうたん)寺の南渓和尚と直虎のはからいによって、愛知県にある鳳来寺に預けられたのです。ここは井伊氏に仕えた鈴木氏・近藤氏・菅沼氏の井伊谷三人衆ゆかりの地であり、比較的安全だったためでした。そして、井伊家は直虎がしばらくの間守ることになるのです。
険しい山中にある鳳来寺。

険しい山中にある鳳来寺。

鳳来寺は703年創建と伝えられる歴史深い寺で、樹齢800年、高さ60mもの傘杉が有名です。幼い直政もこれを見て育ったに違いありません。

直政と家康の出会いの場・浜松城(静岡県県浜松市)

直政も生活したであろう浜松城

直政も生活したであろう浜松城

天正3(1575)年、家康が浜松城から鷹狩りに出かけた際、道端に眉目秀麗で品ある少年がいるのに気づきました。その不遇な身の上を聞いた家康は、すぐに少年を召し抱えることにしたのです。その少年こそ、当時15歳の井伊直政でした。

家康が駿府に移ると、浜松城には譜代の家臣たちが入ることが多くなり、彼らが軒並み出世したために「出世城」と呼ばれるようになりました。

彦根にあるもう一つの龍潭寺(滋賀県彦根市)

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