女好き秀吉、鬼島津も?戦国武将のラブレターに見る愛妻度
2018年5月29日 更新

女好き秀吉、鬼島津も?戦国武将のラブレターに見る愛妻度

戦国武将にも筆まめな人は数々いるのですが、中でも恋文もといラブレターを残した武将がいることはご存知でしょうか?愛する人への思いは誰でも同じ。戦に明け暮れ、次の日の生死すら予測できない日々において、彼らが書き送ったラブレターはどんなものだったのでしょうか?

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

女好きだけど愛情こまやか:豊臣秀吉

豊臣秀吉

豊臣秀吉

数えきれない側室を抱えたが・・・おねと淀殿は別格だった秀吉。
天下人となった豊臣秀吉は、次々と側室を召し抱えた「色好み」な戦国武将の筆頭。
そんな彼を取り巻く女性と言えば、やはり、正室の「おね(北政所)」と側室の「茶々(淀殿)」でしょう。彼女たちに対する秀吉の手紙は、実に愛情あふれたこまやかなものなんですよ。

2017年に発見された茶々への手紙

茶々(淀殿)

茶々(淀殿)

秀吉が茶々に送った手紙は現在6通確認されています。
茶々が最初の子供・鶴松を産んだ時には、秀吉は狂喜しました。
そんな彼女に対して、「そちらに行って鶴松を抱っこしたいと思うが、その夜はそなたにもそばに寝てもらおうと思っているので待っててね」という、とても微笑ましい手紙を送っています。

さらに、2017年に発見されたばかりの茶々に送った手紙では、彼女がお灸をすえるほど高熱だったことを心配し、具合がよくなったと聞いて満足したということや、サンマを送ったので食べるようにという、のどかな内容が書かれています。

最も手紙を送ったのはやはり、おね

おね(北政所)

おね(北政所)

秀吉の正室・おね。
また、糟糠の妻であるおねへの気遣いも忘れていませんでした。
もともと秀吉は筆まめだったようで現在100通近く残っている手紙の中でも、30通余りがおねに宛てたものです。

茶々が二度目の懐妊をした際、それをおねに報告しているのですが、「特に自分は子供が欲しかったわけじゃない」と書いているのです。子供を産んでいない彼女への配慮が感じられますよね。
そして、「今度ゆっくり抱き合って話でもしようか」という手紙も送っており、やはり何につけてもおねへの心遣いを忘れないでいたということがわかります。

「鬼島津」は「超」愛妻家:島津義弘

島津義弘

島津義弘

戦場では『鬼』でも妻に対してはひたすら『愛』の人だった?
「鬼島津」の異名を取り、関ヶ原の戦いでは壮絶な「島津の退き口」を演じて敵中突破を果たした島津義弘は、戦国時代屈指の愛妻家でもありました。

その愛情表現は、秀吉に比べればとても控えめ。
とはいえ、歴代藩主の書状をまとめた史料『薩藩先公貴翰』によると、3人目の正室である宰相殿に対して書き送った手紙には、「返事が来ないので心配している」などと、愛情深さが感じられる言葉が書き連ねてあるんです。
また、「今日もあなたを夢に見た」と書き記しているものもあり、離れていても毎日のように心を寄せていたことがわかります。

宰相殿の家柄は決して高くありません。江戸時代後期に書かれた史料『盛香集』によると、2人の出会いは、大根を洗っている宰相殿を、鷹狩りへ行く途中の義弘が見初めたことから始まりました。
義弘が「その大根をひとついただけないだろうか」と声をかけたそうですよ。明らかに話しかける口実だったのでしょうが、ほっこりしたエピソードですね。

なお、『薩藩先公貴翰』は大きな図書館で保管されているので、原文が気になる方はぜひチェックしてみてください。

一族そろって愛妻家:毛利元就・隆元

毛利元就

毛利元就

正室・妙玖との間に隆元・吉川元春・小早川隆景らをもうけた毛利元就。
中国地方の雄・毛利元就もまた、愛妻家としての顔が有名な武将のひとりです。
正室・妙玖が存命中は彼女ひとすじでした。
彼女に直接宛てた手紙ではなく、彼女の死後のことですが、息子の隆元への手紙の中で彼はこう書いています。
「何かにつけても妙玖のことばかり考えている。ひとりになってしまったので、何でも自分がやらなければいけない・・・妙玖がいてくれたら、と思うばかりだ」と。
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