日本銀行本店が建つ場所は、江戸の昔から“お金”とゆかりのあるところだった
2018年10月10日 更新

日本銀行本店が建つ場所は、江戸の昔から“お金”とゆかりのあるところだった

10月10日は日本銀行開業の日。そこで日本銀行本店の中を見せてもらえる「一般見学コース」を体験してきました。歴史を感じる素晴らしい建物。そして日銀が担う大切な役割。さらにここがお金と大変ゆかりのある地だということもわかりました。まさに、見て・楽しんで・学べる、歴史好きの方々におススメしたい見学ツアーです。

重久直子重久直子

日本銀行本店。歴史的建造物としての魅力

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日本橋三越やコレド室町など、華やかな商業施設が軒を連ねる日本橋。この界隈は日本銀行を中心に、都市銀行・地方銀行・証券会社などが集中する金融エリアでもあります。
華やかなショッピングエリアから一歩奥に入ると、重厚な歴史を感じさせる国の重要文化財・日本銀行本店本館が目の前に。まずその存在感の大きさに圧倒されます。

日本銀行本店本館は、当時の建築学会の第一人者、辰野金吾(1854-1919年)によって建設されました。辰野金吾はジョサイア・コンドルの弟子で、後に東京駅などを設計したことでも知られています。
日本銀行本店本館は、ネオバロック様式にルネッサンス的意匠を加味した建築。日本人建築家による最初の国家的な近代西洋建造物でもあります。

辰野金吾は設計に先立ち、明治21(1888)年8月から約14ヵ月かけて、欧州に出張し各地の銀行を研究しました。中でも日本銀行の諸制度の参考となったベルギー中央銀行をつぶさに研究し、モデルにしたといわれています。
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辰野金吾がデザインしたといわれる「咆哮の獅子像」。2匹の獅子が抱えているのは日本銀行のシンボルマーク「めだま」。現在もお札に印刷されています。
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明治22(1889)年10月に帰国した辰野が提示した設計図は、ネオバロック様式の石造大建築。コンドル風のレンガ造り全盛だった当時、まさに我が国における初の本格的な洋風石造建築でした。しかし予算を大幅に超えていたことで内外で大議論になりました。

しかし時の川田小一郎日銀総裁は「予算が100万円なればこそ、設計に辰野を採用した」と辰野を擁護したといわれています。
そして明治23(1890)年8月の株主総会においても「この建物は日本銀行の永久拠点となるものであり、特に『金庫は数百千万の金銀財宝を蓄積する』ところであるから(略)将来の発展を思い、堅牢、広壮なものを造ることをご理解いただきたい」として、政府と株主総会の承認をとりつけました。

こうして明治23(1890)年9月、総工費80万円(最終的には112万円)をかけた工事がスタートしました。
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日本銀行本店本館の完成は、明治24(1891)年の濃尾地震と明治27(1897)年の日清戦争の影響により、当初の予定より2年遅れました。しかし耐震性をさらに高めるなどの改良を加え、足掛け7年、明治29(1896)年2月に完成しました。

当日まで高い板壁で隠蔽し一夜でこれを取り除くと、そこに現れた地下1階地上3階建ての石積みレンガ造り、まぶしいばかりの花崗岩の白さとその威容に、2000人もの来賓の人々は歓喜の声を上げたといいます。

それから120年。日本銀行本店は、大正12(1923)年の関東大震災、昭和20(1945)年の空襲にも耐え、1日も銀行業務を停止することなく今日に至っているというのは驚くべきことです。建築時に川田総裁が言った通り、まさに日本銀行の永久拠点としての役割を全うしているといえます。

実際に、1億円や金塊の重さを体験できるコーナーも

一般見学コース(要事前予約)、1億円や金塊の重さを体験...

一般見学コース(要事前予約)、1億円や金塊の重さを体験できるコーナー

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日本銀行の中も見学できる「一般見学コース」(要事前予約)では、昭和初期に設置されたレトロなエレベーター、曲線美が美しい階段などを見ることが出来ます。
中でも人気なのが、実際に1億円の札束(模擬券)や金塊(レプリカ)を持ってその重さを実感できるコーナー。重さ14.7kg、取材当日の時価総額で約7400万円という金塊は、重くて女性ではなかなか持ち上げられないようでした。

私達の生活を守る。大切な日本銀行の役割

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日本銀行には3つの大きな役割があります。
1つ目は、銀行券の発行・流通・管理業務。お札を発行したり、偽造を防止したり、傷んだお札を引き換えたりしています。
2つ目は、政府の銀行としての役割。税金や年金の受払い、国債に関する事務などを行っています。
そして3つ目は、銀行の銀行という役割。日本銀行は民間の金融機関から預金を預かったり貸出したりすることで、物価の安定や金融システムの安定に取り組んでいます。

もしこれらの政策が上手く機能しなくなると、偽札が出回ったり、インフレによって物価が上がったり、お金を引き出したい時に引き出せなかったりと大変なことに。
普段、当たり前のように過ごしていますが、私達の日々の生活は日本銀行によって守られているのだと実感しました。

一般見学コース(要事前予約)では、発券銀行としての業務を行う窓口、政府の銀行としての業務を行う窓口、銀行の銀行としての業務を行う窓口、これら3つの業務を実際に行っている窓口を見学することもできます。

今も昔も「お金」と大変ゆかりのあるところ

「金座」と書かれてあるところに現在の日本銀行本店が建っ...

「金座」と書かれてあるところに現在の日本銀行本店が建っています。

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重久直子

重久直子

歴史ライター&シナリオライター。歴史系ウェブサイトや歴史雑誌に原稿を寄稿したり、映画やドラマに関する活動をしています。幕末や戦国時代、会津や土佐、鹿児島、北陸、出雲、澁谷、神社などに特に興味があります。歴史を知ると自分のことも誇れるようになると思います。そして自分や自分の祖先、そして住んでいる町のことも、もっと好きになると思います。祖先達が見てきた様々な時代を、祖先達から受け継いだ自分の細胞、一つ一つで感じていきたいと思っています。

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