前田利家ゆかりの寺がカエルだらけ!?金沢・越前にあるふたつの宝円寺
2018年1月15日 更新

前田利家ゆかりの寺がカエルだらけ!?金沢・越前にあるふたつの宝円寺

「槍の又左」と称された戦国武将・前田利家。金沢城に入り、加賀藩初代藩主となったことでも知られています。そんな利家ゆかりのお寺が、金沢にある前田家の菩提寺・宝円寺と、もうひとつ、利家が金沢の前に在城していた現在の福井県越前市にも宝円寺があるんです。今回は、独自の取り組みをしているふたつのお寺をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

前田利家

前田利家

織田信長に仕え、その死後は、豊臣秀吉の片腕となり「五大老」の一人として活躍した戦国武将・前田利家。また、2002年に放送された大河ドラマ「利家とまつ」にあるように、おしどり夫婦としても知られ、夫・利家をまつが献身的にサポートした(時に尻を叩いて)ことも有名です。
加賀藩の初代藩主である利家のゆかりの地でおすすめなのが、前田家の菩提寺である宝円寺です。

前田家の菩提寺・宝円寺(石川県金沢市)

宝円寺 山門

宝円寺 山門

via 写真提供:金沢市
宝円寺は、天正11年(1583)、前田利家が越前府中(現在の福井県越前市)に在城していた時に帰依した宝円寺の大透圭徐和尚を金沢へ招き、現在の兼六園の地に創建されたのが始まりです。
元和6年(1620)に3代藩主・利常の時に現在の場所に移築され、前田家の菩提寺となりました。宝暦年間(1751~1763)と、明治元年(1868)に、2度の火災にあいますが、再建されて現在に至ります。

御影堂には、利家が伏見城で徳川家康に会見する前に、死を覚悟して納めた自画像と髪が埋まっているとか。また、本堂と庫裏、山門は国指定の登録有形文化財になっています。

利家が寄進した仁王像がライトアップ!

真っ赤なボディに表情も勇ましい仁王像は利家が寄進したといわれています。
口を閉じた吽形の像は明治の火災で消失し、昭和5年に彫られたものですが、もうひとつの阿形の像はその火事を免れ、13世紀の鎌倉時代に運慶の弟子によって作られたものと伝わっています。
向かって右の阿形の像は、鎌倉時代のもの。吽形の像よりお腹が出ているのが気になります…。
そんなありがたい仁王像がライトアップされたのは、2017年の夏。金沢市の11のお寺を舞台にしたアート展「oterart金澤2017」(オテラート)が8月26日〜9月10日に開催され、宝円寺では9月2日〜9月10日、「仁王展 -阿吽の魂-」と題し、阿吽の呼吸をテーマにした写真、イラスト、創作物が展示されました。
どれも熱のこもった力作。鮮やかな発色と柄に目を奪われます。

ガラス展も開催

開放的な空間に展示されたガラスがさらに涼しげに見せます。
信仰の対象である仏像も、当時はきっと、最先端のアートだったと考えれば、気兼ねなく楽しめるのかもしれません。
こちらの宝円寺は、ヨガやコンサートなど、様々なイベントが開催されていますので、ゆかりの地めぐりと合わせてぜひチェックしてみてください。
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