実は明智光秀という説も!?謎多き天海の正体とゆかりの寺
2018年6月1日 更新

実は明智光秀という説も!?謎多き天海の正体とゆかりの寺

家康・秀忠・家光の徳川三代に仕え、上野の寛永寺や、日光東照宮の建立に力を尽くした僧侶・南光坊天海。しかし、その前半生はいまだ謎に包まれています。高貴落胤説、あるいは2020年の大河ドラマの主役に決定した明智光秀という説もある、天海の謎の一端を、ゆかりの寺を巡りながら解き明かしていきましょう。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

天海との遅すぎた出会いを嘆いた徳川家康

天海が歴史の表舞台に顔を出すのは、慶長13年(1608)、駿府城で家康と対面したときとされています。
このとき家康は65歳、天海は72歳。
家康は天海について「人中の仏なり、恨むらくは、相識ることの遅かりつるを」と語り、遅すぎた出会いを嘆いたというほど、その人物を高く評価しました。
南光坊天海

南光坊天海

天海が徳川家康と会見したのは慶長17年(1612)4月19日といわれていますが、関ヶ原の戦いにも参加していたという話もあります・・・。

江戸城の一部が移築された喜多院(埼玉県川越市)

喜多院最古の建物である山門。

喜多院最古の建物である山門。

via 写真提供:小江戸川越観光協会
これ以降、家康は天海に絶大な信頼を寄せることとなり、天海は幕府の朝廷政策や宗教行政に参画していきます。

慶長17年(1612)には、かつて天海が住職を務めていた、川越大師として知られる無量寿寺の再興を家康に進言。これが認められると、無量寿寺の仏蔵院北院が喜多院と改められ、関東の天台宗寺院はすべてここに属することとなりました。
喜多院 慈眼堂

喜多院 慈眼堂

天海を祀る慈眼堂。天海の木像が安置されています。
via 写真提供:小江戸川越観光協会
その後、喜多院は寛永15年(1638)の川越大火で、山門を除き堂宇はすべて焼失しますが、天海への信頼が厚かった3代将軍・家光により、すぐさま復興されます。
このとき移築されたのが、家光誕生の間、春日局化粧の間を含む江戸城紅葉山の別殿で、現在まで大切に保存されています。

邪気封じのために建立された寛永寺(東京都台東区)

寛永寺 根本中堂

寛永寺 根本中堂

寛永元年(1624)には、現在の上野に寛永寺が建立されますが、天海はその創建にも大きな役割を果たしました。
陰陽道や風水に基づいて江戸を守護しようと、邪気が入るとされる鬼門・北東の方角に寛永寺を置き、自ら住職を務めます。
さらに寛永寺は、徳川家の菩提寺として、徳川将軍15人のうち6人(4代・家綱、5代・綱吉、8代・吉宗、10代・家治、11代・家斉、13代・家定)が眠っています。

また、邪気の通り道とされる反対側の南西、裏鬼門には増上寺を置き、こちらも徳川家の菩提寺となっています。

家康の遺言に基づいて造られた日光東照宮(栃木県日光市)

日光東照宮

日光東照宮

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