坂本龍馬や高杉晋作も撮影!上野彦馬が開設した長崎・上野撮影局
2018年5月23日 更新

坂本龍馬や高杉晋作も撮影!上野彦馬が開設した長崎・上野撮影局

幕末の偉人の姿を今に伝える貴重な写真。特に有名な坂本龍馬や高杉晋作の写真は、日本初のプロカメラマンといわれる上野彦馬が開設した、長崎・上野撮影局で撮影されました。もともとは化学者だったという彦馬が、なぜカメラマンになり写真館を開いたのか。日本における写真の始まりとともにゆかりの地を紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

最初は化学者だった!?上野彦馬

上野彦馬

上野彦馬

天保9年(1838)、長崎の蘭学者・上野俊之丞(しゅんのじょう)の次男として生まれた彦馬。
彼が写真に興味を持つようになったのは安政5年(1858)、長崎海軍伝習所の医官を務めていたオランダ人軍医ポンぺの塾「舎密試験所」に入ったことがきっかけといわれています。

彦馬は当初この塾で舎密学(化学)を学び、のちに「舎密局必携」という化学のテキストを記すほどの化学者でした。
ところが、オランダ語で書かれた化学の専門書にあった「フォトガラフィー=写真」に興味を覚え、写真機の制作や撮影の研究をはじめたことが、彼をプロカメラマンの道へと進ませることになるのです。

日本で初めてカメラを買った彦馬の父・俊之丞

フィルムカメラの原型がフランスで誕生したのは、1820年代のこと。
日本には天保14年(1843)、オランダ船によって長崎に写真機材(ダゲレオタイプカメラ)が持ち込まれます。

そして嘉永元年(1848)、彦馬の父である上野俊之丞が日本で初めての写真機を購入します。
のちにその写真機は薩摩藩に渡り、藩内の写真機研究チームによって研究が進められ、安政4年(1857)9月17日、藩主・島津斉彬をモデルに日本人による最初の写真撮影が行われました。
薩摩藩主・島津斉彬の写真

薩摩藩主・島津斉彬の写真

日本人の撮影による最初の写真がこちら。

長崎に「上野撮影局」を開設

ポンぺやフランス人写真家のロシエから写真術を本格的に学んだ彦馬は、現像に用いる化学薬品の開発に成功するなど、化学の面からも技術を深めていきます。

そして文久2年(1862)、長崎の中島川河畔に商業写真館「上野撮影局」を開設します。
上野撮影局跡

上野撮影局跡

via 写真提供:長崎県
かつてこの写真館は日本初の商業写真館とされていましたが、現在ではその前年に江戸・薬研堀にて、鵜飼玉川(うかいぎょくせん)が写真館を開いていたことがわかっています。

上野撮影局はのちに長崎名所のひとつとなり、坂本龍馬をはじめ高杉晋作、伊藤博文や後藤象二郎など多くの志士がここを訪れ、写真を撮ってもらっています。
坂本龍馬の写真

坂本龍馬の写真

上野撮影局で撮影された坂本龍馬の写真。最近の研究では、撮影したのは彦馬ではなく、弟子の井上俊三の撮影であったとされています。
高杉晋作の写真

高杉晋作の写真

上野撮影局の評判を聞いた晋作は、長崎出張の際に上野撮影局を訪ね、撮影を頼んだといわれています。
現在、その跡地には当時の建物などは残っていませんが、彦馬の功績を顕彰し、同撮影局の写真機と肘置き台を再現したモニュメントが設置されています。
こちらを利用すれば、撮影局で撮られた龍馬の写真と同じ構図で撮影できるというわけです。
これはもう、龍馬や偉人になりきって写真を撮るしかありませんね・・・!
上野撮影局跡

上野撮影局跡

当時のカメラの模型。
via 写真提供:長崎県
上野彦馬宅跡

上野彦馬宅跡

上野撮影局跡の前には、彦馬宅跡があります。
via 写真提供:長崎県
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