100名城・月山富田城と尼子氏&山中鹿介ゆかりの地
2017年9月7日 更新

100名城・月山富田城と尼子氏&山中鹿介ゆかりの地

戦国屈指の山城であり、170年余間の尼子氏の衰弱の舞台となった月山富田城(島根県安来市)。戦国の山城と近世の石垣がみられる貴重な城であります。今回は月山富田城の魅力と、本拠地としていた尼子氏、また尼子氏の再興を願い、何度も戦った人気武将・山中鹿介を紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

難攻不落の戦国の城・月山富田城

尼子氏が山陰・山陽制覇の拠点とし、その規模と難攻不落の城として戦国時代屈指の要害と言われる月山富田城。標高184mの月山に築かれた山城で、関ヶ原合戦後に入った堀尾氏が入って増築しています。戦国期の山城らしい石垣と、近世らしい石垣の両方が見られ、城の過程をひとつの城で見ることができる、貴重な城です。

家臣に合図を送った「太鼓壇」

太鼓壇

太鼓壇

via 写真:安来市観光協会
尼子氏最後の総大将・勝久の家臣・山中鹿介の像が立つこの場所は「太鼓壇(たいこのだん)」と呼ばれ、太鼓を打ち鳴らし、通常時は時を告げ、非常時には家臣に合図を送り、兵士たちを召集する場所であったと言われています。当時は鼓楼を建てて太鼓を鳴らし、味方の士気を高めました。

場内の重要な場所「山中御殿」

山中御殿跡

山中御殿跡

via 写真:日本の城写真集
大手門を上がると3000平方メートル余りの平地があります。城内の重要な場所で、山中(さんちゅう)御殿といわれた建物のあり、平地と石垣の上下2段に分かれた構造をしています。現在の石垣の内側に古い石垣が発見されており、何度か改修を行って現在の姿になりました。
山中御殿跡の石垣

山中御殿跡の石垣

via 写真:日本の城写真集

施設跡を元に建物を復元「花の壇」

花の壇

花の壇

via 写真:日本の城写真集
当時の侍所のだった花の壇は、掘立柱建物等の施設跡が残っており、平成8年に一部が復元されました。城内道を見渡せるようになっていて、防衛拠点としての機能も兼ね備えていたと言われます。
山中御殿から花の壇へ

山中御殿から花の壇へ

大きな堀切が見もの!
via 写真:日本の城写真集
山頂までの軍用道「七曲り」

山頂までの軍用道「七曲り」

山中御殿から山頂へのちょっと険しい登城道。ここ以外に主郭部への道はないので、気合いで登ろう。
via 写真:日本の城写真集

本丸には城の守護神「勝日高守神社」

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