「土下座像」だけじゃない!高山彦九郎が京都・等持院で墓を鞭打ちした理由
2018年5月8日 更新

「土下座像」だけじゃない!高山彦九郎が京都・等持院で墓を鞭打ちした理由

幕末に起こった尊王運動の先駆者であり、吉田松陰や西郷隆盛など多くの志士たちに影響を与えた高山彦九郎。京都御所を望拝する姿をモチーフにした通称「土下座像」が有名ですが、京都にはもうひとつ、ゆかりの地があるんです。強烈なエピソードとともに、彦九郎の祖先のライバル・足利尊氏の墓のある等持院をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

足利尊氏のライバル・新田義貞の重臣の子孫だった彦九郎

高山彦九郎

高山彦九郎

林子平、蒲生君平とともに「寛政の三奇人」に数えられる彦九郎。「奇」はもちろん「優れた」という意味です・・・!
高山彦九郎は延享4年(1747)5月8日、上野国新田郡細谷村(現在の群馬県太田市細谷町)の豪農の家に生まれました。

高山家の祖先は、足利尊氏のライバルであった新田義貞の重臣だったこともあり、彦九郎は13歳のときに読んだ『太平記』をきっかけに尊王思想に目覚めます。
そして18歳になるとその志を遂げるため、天皇の住まう京都へと向かいました。

京都・三条大橋で土下座!?

三条大橋の高山彦九郎像。正式名称は「高山彦九郎先生皇居...

三条大橋の高山彦九郎像。正式名称は「高山彦九郎先生皇居望拝趾」といいます。

via 撮影:ユカリノ編集部
京都の玄関口にあたる三条大橋をはじめて渡ろうとしたとき、彦九郎はとある事件を起こします。
橋の手前で通りかかった人に御所の方角を聞くと、突然そちらを向いて平伏し、「草莽の臣、高山彦九郎です」と感激の涙を流しながら何度も叫んだといいます。

「草莽の臣」とは民間人ながら国に身を捧げる臣下という意味で、幕末の尊王運動に大きな影響を与えたフレーズ。
しかし当時の人々がそれを理解できるはずもなく、なかには笑う人もいたといいますが、彦九郎はまったく意に介さなかったそうです。

三条大橋のたもとには、そのときの彦九郎の姿をモチーフとした銅像が置かれています。
「土下座像」の通称で親しまれていますが、土下座ではなく御所に向かって「望拝」している姿なのです。

足利氏の菩提寺・等持院で足利尊氏の墓を鞭打ち!?

等持院

等持院

暦応4年(1341)、足利尊氏が創建した足利家の菩提寺。
また彦九郎は京都市の北西にある等持院でもある逸話を残しています。

あるときその境内から、「この国賊が!」という叫び声とともに何かをたたく音が何度も聞こえてきました。
それは彦九郎が境内にあった足利尊氏の墓に向かって罵る声と、罪人の拷問に使う箒尻(ほうきじり)という鞭で墓石を叩く音だったのです。
等持院 足利尊氏の墓

等持院 足利尊氏の墓

何度も叩かれたというお墓・・・。
彦九郎にとって尊氏は祖先の敵であり、後醍醐天皇に逆らった憎き朝敵。
そのためこのような行動に走ったといわれますが、叩いた回数は300回ともいいますから、その思いの深さにはすさまじいものがあります。
サツキの咲く6月が最も見頃といわれる等持院の庭園。

サツキの咲く6月が最も見頃といわれる等持院の庭園。

等持院は、天龍寺や西芳寺(苔寺)の庭の作者として有名な夢窓国師の作庭と伝わる庭園で知られ、足利家15代将軍の木像(5代、14代像を欠く)とともに見どころとなっています。
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