第2回:斎藤一、白虎隊、新島八重…戊辰戦争の舞台・会津【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち】
2018年3月30日 更新

第2回:斎藤一、白虎隊、新島八重…戊辰戦争の舞台・会津【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する「小栗さくらがゆく!幕末維新のみち」。第2回は歴史が息づく町、会津。鶴ヶ城から徒歩で行ける場所を中心に、新選組隊士・斎藤一や白虎隊、新島八重など戊辰戦争に関わった人々のゆかりの地を紹介します。9/22から3日間、会津まつりもありますので、行かれる方はぜひチェックしてください。

小栗さくら小栗さくら

歴史が息づく会津の町!

第2回は幕末の会津めぐり!
とはいえ、会津には史跡が多いですので、今回は鶴ヶ城から徒歩でめぐれる範囲をご紹介します。

第1回の新選組と関わりが深い会津藩。
京都に残った近藤勇・芹沢鴨らの後ろ盾となった会津藩は、戊辰戦争におけるいくつもの悲話も有名です。

今では食に観光にとにぎわう会津!
毎年9月下旬には、会津最大のお祭り「会津まつり」が3日間開催されます!
今年は9月22日~24日ですので、お祭り当日、あるいはその前後にじっくりと史跡をめぐってみてはいかがでしょうか?
今回の旅の出発地は、レトロな駅舎が可愛い「七日町」駅!
ここから鶴ヶ城を経由して、徒歩でぐるりとめぐるコースをご紹介します。
七日町駅

七日町駅

駅前から、周遊バスで鶴ヶ城や会津若松駅にも行けますよ。

新選組・斎藤一が眠る「阿弥陀寺」

七日町駅の目と鼻の先にあるのが、新選組・斎藤一のお墓がある「阿弥陀寺」です。
今やさまざまな作品で人気の斎藤ですが、有名になったきっかけは、少年漫画の「るろうに剣心」ですね!
阿弥陀寺

阿弥陀寺

毎年9月には、会津まつりの共催行事として、斎藤一(藤田五郎)の法要や歴史講演会を行う「会津新選組まつり」が開催されています。

今年は9月24日(日)開催で、土方歳三生家ご子孫の講演会がありますよ。
斎藤一といえば、昨年、鮮明な写真が見つかったことでも話題となりました!
これまでは本人ではない写真や肖像画が知られてきましたが、昨年発見されたのは、「明治に生きた斎藤一」が見えてくるような素敵な家族写真でした。
昨年発見された斎藤一と家族の写真

昨年発見された斎藤一と家族の写真

via https://ja.wikipedia.org/wiki/
「沖田は猛者の剣、斎藤は無敵の剣」と語られた剣の使い手、斎藤。
彼は、「山口一」、「斎藤一」、「山口次郎(二郎)」、「一ノ瀬伝八」、「藤田五郎」と生涯で5つの名を使っていたとされています。
藤田家墓所(斎藤一墓所)

藤田家墓所(斎藤一墓所)

藤田家・墓誌

藤田家・墓誌

右端に藤田五郎(斎藤一)、その隣に妻の時尾の名前が見えます。
戊辰戦争の際には、負傷した土方歳三の代わりに一時新選組を率いましたが、箱館まで転戦した土方と違い、斎藤は会津と運命を共にすることを選びます。
そんな彼が最後に名乗ったのが「藤田五郎」。
明治の斎藤は、妻の時尾とともに、会津人として生きていったのですね。

斎藤は旧会津藩家老の山川浩(大蔵)とも懇意であったようで、斎藤の子・勉の名は山川が名付けたと伝わっています(藤田勉:墓誌右から5つめ)。
こうしたことから、会津の人々と斎藤が深く交流を持ち、会津の人もまた斎藤を受け入れていたことが分かりますね。
御三階

御三階

藤田家墓所の右手にある御三階(ごさんがい)。
鶴ヶ城解体の際、阿弥陀寺に移築されました。
見た目は3階建てのようですが、中は4階建てで、密儀などに使われていたそうです!
鶴ヶ城で現存する、唯一の建物となっています。
明治戊辰戦役殉難者墓

明治戊辰戦役殉難者墓

戊辰戦争で戦死した会津藩士は、阿弥陀寺に1300人ほど、長命寺に150人ほど埋葬されました。
斎藤一の妻・時尾は会津人の慰霊に尽力した人でしたので、会津の人が多く眠るこの阿弥陀寺に、自らも眠りたかったのかもしれません。
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小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

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