西郷隆盛像の場所も戦場だった!上野戦争に散った彰義隊の墓
2018年5月15日 更新

西郷隆盛像の場所も戦場だった!上野戦争に散った彰義隊の墓

いまや上野のシンボルともいえる西郷隆盛像。その近くに墓があるのをご存知でしょうか?鳥羽・伏見の戦いから始まった戊辰戦争のひとつ「上野戦争」は、1日で上野が焼け野原になるほど激しいものでした。この地にて壮絶に散ったのが彰義隊です。新選組隊士だった原田左之助も所属していた、彼らの墓をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

あの西郷隆盛像の場所も戦場だった

上野の西郷隆盛像

上野の西郷隆盛像

via 撮影:ユカリノ編集部
上野戦争は戊辰戦争の戦闘のひとつで、慶応4年(1868)5月15日に発生し、1日で終結しました。
現在では博物館や美術館、動物園が並ぶ賑やかな東京・上野も激しい戦闘により焼け野原となってしまいます。
西郷隆盛像が設置された場所は、旧幕府軍が新政府軍に向かって攻撃を加えた「山王台」でした。
その近くにある墓に眠っているのが、旧幕府軍として戦い散っていった彰義隊です。
上野戦争後の上野を写したとされる写真

上野戦争後の上野を写したとされる写真

ちなみに、この地にあった藤堂高虎を祖先とする藤堂家の屋敷や菩提寺も焼失。現在は上野動物園内に高虎の墓のみが残されています。立ち入りはできませんが、園内の動物慰霊碑の後ろにあるのを見ることができます。

上野戦争と彰義隊

題名は「本能寺合戦之図」となっていますが、上野寛永寺で...

題名は「本能寺合戦之図」となっていますが、上野寛永寺での戦闘を描いたもの。

江戸城の無血開城は成ったものの、旧幕府側には抗戦派と恭順派がいました。
抗戦派はそこで彰義隊を結成。元新選組の原田左之助も参加しています。

当初は江戸の治安維持組織だった彰義隊ですが、やがて新政府へ反抗するようになります。
解散を促されても拒否し、その隊士は3千人を超えるともいわれています。
これを危険とみた新政府は、長州藩の大村益次郎を司令官とした討伐軍を派遣し、上野戦争が勃発したのです。
大村益次郎

大村益次郎

新政府軍の司令官だった大村。その風貌から長州では「火吹き達磨」というニックネームを付けられていたとか・・・。
彰義隊が本営とした寛永寺付近を包囲した新政府軍は総攻撃を開始し、佐賀藩のアームストロング砲など洋式武器を用いて、彰義隊を徹底的に殲滅にかかります。
彰義隊も応戦しましたが力及ばず壊滅状態に陥り、上野戦争は1日で終わったのでした。
 (19306)

新政府軍が使用したといわれる佐賀藩のアームストロング砲。

上野公園内にある彰義隊の墓(東京都台東区)

彰義隊士の生き残りは北へ逃れますが、多くの隊士の遺体は新政府により引き取りさえ許されずに野ざらしとなっていました。
彼らを憐れんだ三ノ輪の円通寺の和尚と寛永寺の御用商人らによって、遺体はこの地でようやく荼毘に付され、円通寺に埋葬されたのです。
彰義隊の墓。暮石に彰義隊の名はなく山岡鉄舟の筆による「...

彰義隊の墓。暮石に彰義隊の名はなく山岡鉄舟の筆による「戦死之墓」という墓碑銘が刻まれています。

via 撮影:ユカリノ編集部
現在の彰義隊の墓は、彼らが荼毘に付された場所にあります。
明治になり、生き残りの隊士が新政府の許可を得て、明治7年(1874)に墓碑ができますが、なんと借金のかたに持ち去られてしまいます。
ようやく今ある暮石ができたのは明治14年(1881)、法要が始まったのは明治17年(1884)になってからでした。
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