関ヶ原で起きたもう1つの天下分け目の戦い!壬申の乱【足軽さんと巡る!?古戦場レポ:第4回】
2018年8月21日 更新

関ヶ原で起きたもう1つの天下分け目の戦い!壬申の乱【足軽さんと巡る!?古戦場レポ:第4回】

歴史ナビゲーターの長谷川ヨシテルが古戦場をレポートする連載。第4回は「壬申の乱」です。西暦672年に起きた、この古代日本最大の内乱は、関ヶ原の戦いと同じく岐阜県関ケ原町が舞台となっていることから“もう1つの天下分け目の戦い”としても有名です。今回はそのゆかりの地を、足軽さんとともにレポートします。

長谷川ヨシテル/れきしクン長谷川ヨシテル/れきしクン

ユカリノの読者の皆さま、こんにちは!長谷川ヨシテルでございます。
第4回を迎えた今回は、岐阜県の関ケ原町に来ております!

「関ヶ原」と言えば、慶長5(1600)年に起きた「関ヶ原の戦い」が有名ですが、それより928年前(天武天皇元年:672年)の古代にも“天下分け目の戦い”である「壬申の乱」がこの地で起きているんです。
この大乱が終焉を迎えたのは、今から1346年前の8月21日(旧暦だと7月23日)。
ということで今回は、壬申の乱の史跡をご紹介したいと思います。

“天下分け目の戦い”の舞台!岐阜県関ケ原町

「JR関ヶ原駅」駅周辺には「関ヶ原の戦い」に参戦した武...

「JR関ヶ原駅」駅周辺には「関ヶ原の戦い」に参戦した武将の家紋が至るところに描かれている。 被写体は私(左)と、歴史のトークライブを毎月一緒に開催しているはんにゃ金田さん(右)。

via 撮影:長谷川ヨシテル
長谷川(以下、長谷)「さてさて、今回も古戦場を案内してくれるお方がいらっしゃるということなんですけども・・・。」

???「おー!待っていたぞ!」

長谷「あれ?あなたは・・・?」

雅楽之介(以下、うた)「はいどうも、信長様や秀吉様の足軽だった雅楽之介(うたのすけ)です。今日は関ヶ原の史跡の紹介だろ?よし、任せておけ、あれは慶長5年9月15日の早暁のこと・・・」

長谷「あれ、また雅楽之介さんですか?(笑)でも、すいません、今日、その戦いじゃないんですよ。『壬申の乱』なんですよね。」

うた「え?そうなの?壬申の乱?『天下分け目の戦いについて喋って』って頼まれて来たんだけど・・・。おれ、知らないよ、壬申の乱・・・。」

長谷「そりゃ、さすがに生きてないですもんね(笑)。じゃあ、今日は私が知ってる範囲で案内しますんで、一緒に回りましょう。」

うた「おお、任せた!」

語源は壬申の乱から?関ヶ原の戦いで家康が布陣した「桃配山」

「関ヶ原の戦い」で徳川家康が布陣したと言われる桃配山。...

「関ヶ原の戦い」で徳川家康が布陣したと言われる桃配山。 山の名前の由来は、大海人皇子の逸話による。 かつての中山道、現在の国道21号線沿いに位置する。

via 撮影:長谷川ヨシテル
長谷「こちらは『桃配山(ももくばりやま)』です!」

うた「あー、関ヶ原の戦いの時に徳川家康公が本陣としたと言われる場所だな?」

長谷「そうです、そうです。じゃあ、この山の名前の由来って聞いたことありますか?」

うた「んーーー、ここで誰か桃でも配ったのか(笑)?」

長谷「あ、正解です。壬申の乱の時に皇位を争っていた皇子が、自分の兵士を励ますために桃を配ったんだそうです。」

うた「おー、そうなのか。で、皇子って誰だ?」

長谷「大海人皇子(おおあまのおうじ)というお方です。この方は天智(てんぢ)天皇の弟さんにあたります。」

うた「天智天皇というと、元々は“中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)”と名乗っていて、中臣鎌足(なかとみのかまたり)と一緒に『乙巳(いっし)の変』や『大化の改新』を行ったお方か?」

長谷「ですです〜。このお方の後継者争いとなったのが『壬申の乱』です。」

うた「なるほど。で、弟の大海人皇子と誰が争ったんだ?」

長谷「天智天皇の息子の“大友皇子(おおとものおうじ)”です。天智天皇の跡は、弟の大海人皇子が継ぐ予定だったんですが、我が子可愛さのために、天智天皇は大友皇子に跡を継がせようとしたんです。」

うた「当時の都は大津宮(滋賀県大津市)だろ?なんで関ヶ原で戦ったんだ?」

長谷「大海人皇子は、このままでは自分の命が危ない!と思って吉野(奈良県南部)に逃れたんですよ。」

うた「ほー、山奥に逃れたわけだな。」

長谷「はい、それで672年に天智天皇が亡くなったことを知ると、大海人皇子は挙兵!吉野を出て伊賀、伊勢辺りを通って味方をたくさん付けて、美濃(岐阜県)に集結したんです。」

うた「なるほど、なるほど。」

長谷「それを大友皇子が迎え撃つために出陣して、両者は当時から“関所”の役割があった関ヶ原で激突したというわけなんです。」

うた「よくある御家騒動だったんだな〜。」

大海人皇子が本陣としたと伝わる「野上行宮」

「野上行宮跡」桃配山の約500m東に位置する。

「野上行宮跡」桃配山の約500m東に位置する。

via 写真提供:関ケ原観光協会
うた「桃配山の少し東に来たけども、ここは何だ?」

長谷「ここは『野上行宮(のがみあんぐう)』の跡地です。大海人皇子が本陣を敷いたと伝わる場所なんです。」

うた「ほー、そうなのか。小高い山にあって、陣地としては優れているな。ただ、戦場となった関ヶ原の方面は見づらいな。」

長谷「そうなんですよ。なので、おそらくここが本陣と言われているだけで、先ほどの桃配山が本陣だったとも、もっと街道沿いに置かれていたとも言われています。」

うた「時代が時代だけに、伝承とかが多いんだろうな。」

長谷「雅楽之介さんの時代も、たいがいですよ(笑)」

うた「まぁな(笑)」

壬申の乱の翌年に設置された関所「不破関跡」

写真提供:関ケ原観光協会 (23184)

戦いの時には「不破の道」と呼ばれていた。
ここを封鎖したことが大海人皇子の勝利に繫がったと言われる。
via 写真提供:関ケ原観光協会
長谷「ここが不破関の跡地です。」

うた「あー、ここがそうなのか。」

長谷「ここは壬申の乱の翌年(天武天皇2年:673年)に設置された関所なんですが、壬申の乱の時にも『不破の道』と呼ばれている関所のようなものがあった要衝だったそうです。」

うた「昔はこの“関”所を境にして“関”西や“関”東と呼んでいたというくらいだからな。」

長谷「ここを大海人皇子は封鎖して、大友皇子の伝令が関東に行けないようにしたそうです。それで、大友皇子の兵はあまり集まらず、結果的に大海人皇子の勝利に繫がったみたいですよ。」

うた「あ、大海人皇子が勝つんだ?」

長谷「あ、そうです。突然のネタバレすいません、勝ちます(笑)」

うた「承知承知。」

長谷「ちなみに、この近くには、大海人皇子が兜を置いたと言われる『兜掛石』や、沓(くつ)を脱いだ時に足を掛けた『沓脱石』もありますよ。」

うた「ほ〜、意外といろんな伝承が残されているんだな。」

大海人皇子が使ったとされる「兜掛石・沓脱石」

写真提供:関ケ原観光協会 (23185)

不破関の中心地とされる場所に伝わる、大海人皇子ゆかりの石。
「兜掛石」は小さな祠に鎮座し、その左手後方に「沓脱石」がある。
via 写真提供:関ケ原観光協会
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長谷川ヨシテル/れきしクン

長谷川ヨシテル/れきしクン

歴史ナビゲーター、歴史作家。ニックネームは「れきしクン」。 漫才師としてデビュー、「芸人○○王(戦国時代編)」(MBS、2012年放送)で優勝するなどの活動を経て、歴史ナビゲーターとして、日本全国でイベントや講演会などに出演、芸人として培った経験を生かした、明るくわかりやすいトークで歴史の魅力を伝えている。 テレビ・ラジオなどの出演のみならず、歴史に関する番組・演劇の構成作家や、歴史ゲームのリサーチャーも務めるほか、講談社の「決戦!小説大賞」の第1回と第2回で小説家として入選するなど、幅広く活動している。 著書に『あの方を斬ったの…それがしです 日本史の実行犯』(KKベストセラーズ)、『ポンコツ武将列伝』(柏書房)、『マンガで攻略! はじめての織田信長』(白泉社・原作・重野なおき、金谷俊一郎と共著)がある。 公式

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