泉鏡花が用いた「源氏香」は師弟愛の家紋【家紋のルーツ:第7回】
2018年11月9日 更新

泉鏡花が用いた「源氏香」は師弟愛の家紋【家紋のルーツ:第7回】

家紋がいつ、どのように生まれ、なぜ使われるようになったのか?そんな家紋のルーツを日本家紋研究会会長の髙澤等さんがゆかりの地とともに紹介する連載。今回は「源氏香」を紹介します。家紋としては比較的新しく珍しい源氏香紋ですが、そのひとつ「紅葉賀」を用いていたのが泉鏡花です。その理由に秘められた想いとは…。

髙澤等髙澤等

「源氏香」をご存じですか?

本連載では、これまで戦国武将の家紋を紹介してきましたが、今回は一気に近現代の話しをしたいと思います。
時に家紋は、それを使う人の人生の縮図として、想いを伝えるものでもあるという一例を紹介させて頂きます。
紅葉賀(もみじのが)

紅葉賀(もみじのが)

via 提供:髙澤等
採り上げるのは、その名も雅な「源氏香」という家紋です。
源氏香とは香道でのゲーム性のある楽しみ方の一つで、5種類の香木を5包、計25包用意し、その中から任意の5つの包みに入った香を順番に焚き、その香の種類を当てる遊戯です。
その答え方は、縦に5本の線を書き、同じ香りだったと思う物は横線で繋ぎます。
この組み合わせが52種類あり、『源氏物語』の54帖の内の「桐壺」と「夢浮橋」を省いた52帖に当てはめて名前が付けられています。
源氏香之図

源氏香之図

via 提供:髙澤等
香道の組み香の一つである源氏香は、誰が考案したか、そしていつ頃成立したのかよく解っていません。少なくとも享保年間(1716~1735)以前であることは確実で、一説には寛永年間(1624~1645)に成立した云われています。

しかし源氏香の図が家紋として用いられるのは、当然それよりも若干遅い時期になります。
家紋には約千年の歴史があり、ほとんどの家紋は江戸時代以前に登場しているので、源氏香紋は歴史も浅く新しい家紋であると云えるでしょう。
ですから、源氏香紋は非常にレアな家紋で、家紋好きが見つければ狂喜する紋の一つなのです。
「女庭訓御所文庫(おんなていきんごしょぶんこ)」 江戸...

「女庭訓御所文庫(おんなていきんごしょぶんこ)」 江戸時代に寺子屋で使用された女性用の教科書

via 提供:髙澤等

墓前に源氏香紋? 泉鏡花の墓地を訪ねる

私は家紋の勉強をしてゆく過程で、明治から昭和に懸けての作家泉鏡花の墓前に、源氏香紋があるのを知りました。
鏡花の墓は、東京都の都営霊園である雑司ヶ谷霊園にあります。
私は家紋データを採取するために多くの墓地を訪ねますが、都営霊園は著名人の墓が多く、とても面白いのです。
墓地を面白いというのはちょっと不謹慎に聞こえてしまいますが、有名人の墓を訪ね歩く趣味は江戸時代からあり、平賀源内なども趣味としていたようです。
また、近代の文学者である永井荷風や森鴎外なども同じ趣味を持っていたようです。
近年は墓地散歩は知的な趣味とされ、愛好する人が増えました。
偉人・有名人の墓を訪ね歩く人を、「掃苔家(そうたいか)」、新しい呼び名では「墓マイラー」などとも云います。「掃苔」とは墓に付いた苔を取り去ることで、墓参りを意味しています。
泉鏡花の墓(東京都豊島区南池袋4丁目の雑司ヶ谷霊園)

泉鏡花の墓(東京都豊島区南池袋4丁目の雑司ヶ谷霊園)

via 撮影:髙澤等
都営霊園の霊園管理所では、そうした有名人の墓がどこにあるのかを記した案内マップなども置かれていて、訪問する墓マイラーへの便宜を図っています。

泉鏡花の眠る雑司ヶ谷霊園にもたくさんの有名人が眠っています。
例えば鏡花の墓の斜め後ろには、TVドラマ『銭形平次』で有名な名優大川橋蔵の墓もあります。また墓マイラーの先達でもある永井荷風の墓もここにあります。

そして鏡花の墓前に、源氏香紋の一つ「紅葉賀(もみじのが)」を見て、私は泉鏡花という人物に興味を持ち、色々と調べました。
鏡花の墓前にある「紅葉賀」の紋

鏡花の墓前にある「紅葉賀」の紋

via 撮影:髙澤等

泉鏡花と尾崎紅葉

泉鏡花の墓前にある「紅葉賀」には特別な意味があります。
鏡花は、まだ明治維新の余韻冷めやらぬ明治6年、石川県金沢市に生まれました。15歳の時の受験では、後に同じ尾崎紅葉門下となる徳田秋声も、お互い知ることもなく同じ会場で試験に臨んでいたということです。
しかし受験に失敗した鏡花は、寄宿制の塾で学びながら読書に励み、そして尾崎紅葉の作品を読んで衝撃を受けることになります。
泉鏡花 着ている紋付に紅葉賀の紋が見える。

泉鏡花 着ている紋付に紅葉賀の紋が見える。

via 画像提供:泉鏡花記念館
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髙澤等

髙澤等

埼玉県飯能市生まれ。長年、実父の日本家紋研究会前会長の千鹿野茂とともに全国の家紋蒐集を行う。家紋の使用家や分布などを、統計を用いて研究している。現在、日本家紋研究会会長、家系研究協議会理事、歴史研究家。著書に『苗字から引く家紋の事典』(東京堂出版)、『家紋歳時記』『戦国武将 敗者の子孫たち』(ともに洋泉社)などがある。 公式

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