【不遇の時を越え…今改めて注目】現当主が語る足利家の歴史
2018年11月16日 更新

【不遇の時を越え…今改めて注目】現当主が語る足利家の歴史

近年、『応仁の乱』や『観応の擾乱』といった書籍の人気もあり、あらためて注目が集まる足利将軍家。その歴史は今日までどのように続いてきたのでしょうか。そこで今回は「全国足利氏ゆかりの会」特別顧問であり、足利家28代当主である足利義弘氏に、歴史タレント・小栗さくらさんがインタビュー。足利氏の菩提寺である京都・等持院で貴重なお話しを伺いました。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

いま改めて注目される足利将軍家の歴史

清和源氏の流れを汲む足利氏は、室町幕府の将軍家として約240年にわたり日本の政権を担っていました。また、金閣寺を筆頭に数々の世界遺産を建立するなど文化芸術を振興し、全国各地にその足跡を印しています。
今回対談の舞台となったのは、室町幕府が開かれた京都にある、足利氏の菩提寺・等持院。
等持院にて、写真右:足利義弘氏、左:小栗さくらさん。

等持院にて、写真右:足利義弘氏、左:小栗さくらさん。

不遇の時を越え、足利家当主としての使命

足利家28代当主 足利義弘氏

足利家28代当主 足利義弘氏

義弘氏は、戦国時代に京都から旧平島村(現・徳島県阿南市那賀町)に移り住んだ足利将軍家の別家である“阿波公方”の子孫。現在は『全国足利氏ゆかりの会』で特別顧問を務めており、当主として足利家の歴史を伝え広める活動をされています。
小学生のとき、校長先生に問われたことをきっかけに、初めて自身が足利家の末裔だと知った義弘氏。しかし当時は南朝を正統とする皇国史観が主流だったため、その事実を隠してきたといいます。
自身の出自について語り始めたのは、70歳を過ぎたころ。
その名前から、もしかしてと問われることが多くなったため、否定するのもおかしいと思い『そうです』と返すようになったのだそう。
近年見直されつつある足利家や室町時代の見方について、歴史タレントの小栗さくらさんは「足利家は、八幡太郎で知られる源義家の四男が、足利荘(現在の栃木県足利市)を所有し、その子が足利氏を名乗ったことに始まります。

私たちがよく知るのは、室町幕府を開いた足利尊氏ですね。将軍の権力が強くなかった足利幕府は、血を分けたはずの関東公方との争いや、応仁の乱など多くの反乱を抱えていました。
そして、織田信長と対立した15代・義昭の時代に幕府の終焉を迎えることになるのですが、足利氏自体はその後も続きます。室町時代は複雑な時代ですが、魅力的な人物が多い時代でもありますよね。」と話します。
会談には、足利一門の一色家のご子孫(写真右)も同席。こ...

会談には、足利一門の一色家のご子孫(写真右)も同席。この縁も今だ続いているという。

小栗さん「足利の家に生まれたことで何か意識していることはありますか?」

義弘氏「それはもちろんあります。自分が足利家の末裔であると知ったときから、小さい世界ではなく、ひとつの国や世界にとってどうあるべきかを意識するようになりました。」

現在に伝わる日本文化の源流ともいえる室町文化。
今回対談した等持院以外にも、室町幕府が置かれた京都には金閣寺や銀閣寺といった室町文化を象徴する足利氏ゆかりの地が多く残っています。義弘氏は、足利家が広めたそれらの文化の素晴らしさを、当主として世界に伝え広めたいと語ります。
等持院の霊光殿には、歴代将軍(5代義量と14代義栄の像...

等持院の霊光殿には、歴代将軍(5代義量と14代義栄の像を除く)が、徳川家康の像と共に安置されている。※現在は修繕工事のため非公開。

等持院にある足利尊氏公の墓。台座の正面には延文三年四月...

等持院にある足利尊氏公の墓。台座の正面には延文三年四月の文字がみられる。

しかしそうした活動のなか、根強く残った皇国史観によって、足利家として悔しい思いをしてきたこともあったといいます。

小栗さん「京都三大祭りの一つである時代祭では、2007年にようやく室町の行列ができたと聞きました。」

義弘氏「はい。もちろん、私たちは以前から尊氏公の行列を作るよう推していました。しかし、時代祭は平安神宮の創建を祝った祭であり、主祭神は桓武天皇と孝明天皇。行列では織田信長に続いて、楠木正成が登場していて、そこに“逆賊”とされてきた尊氏公の行列は難しいとされていたのです。

しかし時代祭のパリ巡行の際、フランス側から『なぜ室町時代がないのか』と指摘を受けたことをきっかけに、やっと室町の行列が登場することになりました。それも諸々配慮のうえ、9代義尚公であれば、ということでした。」
義弘氏と同様、関係者のなかには封印された想いを持った人が多かったといいます。
そうした経緯から、もっと足利家の歴史を知ってもらいたいと活動しているのが、義弘氏が特別顧問を務める「全国足利氏ゆかりの会」。全国にいる会員により、日本各地に伝わる足利家の歴史を新たな切り口で広めていこうという動きが増えています。

注目を浴びる足利家の姫たち

そのなかでも近年注目されているのが、足利家の女性たち。
栃木県さくら市では、市にゆかりのある嶋姫と氏姫に注目。足利氏の後裔である喜連川氏の誕生に関わった彼女たちを通し、地元の歴史を市民に知ってもらおうと、市のHPには二人をテーマにした神家正成氏による歴史小説『嶋子とさくらの姫』を掲載しています。

この氏姫には、小栗さんも注目。歴史系アーティスト『さくらゆき』として氏姫をテーマにした曲を作っています。
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