「幕末明治福井150年博」開催中!幕末の名君・松平春嶽(慶永)と志士たち
2018年6月8日 更新

「幕末明治福井150年博」開催中!幕末の名君・松平春嶽(慶永)と志士たち

島津斉彬、伊達宗城、山内容堂とともに幕末の「四賢侯」に数えられる福井藩主・松平春嶽。西郷隆盛が尊敬した橋本左内らを重用し、藩政改革に成功。明治新政府の誕生にも大きく貢献しました。大河ドラマ『西郷どん』では津田寛治さんが演じる春嶽と彼が見出した志士、開催中の「幕末明治福井150年博」をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

「四賢侯」のひとり・松平春嶽

松平春嶽

松平春嶽

諱を「慶永」といい、後に「春嶽」の号を名乗りました。
松平春嶽が生まれたのは文政11年(1828)。田安徳川家の八男として生を受けた春嶽は、当初伊予松山藩の養子になる予定でした。
しかし天保9年(1838)に越前福井藩主・松平斉善が亡くなったことから養子となり、わずか11歳で藩主になります。
当時福井藩の財政事情はきわめて厳しい状況にありましたが、開明的な政策でこれを改善し、名君と称されます。

その後将軍継嗣問題では一橋慶喜を推したことから、大老・井伊直弼と対立。
隠居・謹慎を命じられますが、文久2年(1862)政事総裁職として復帰し、公武合体派の重鎮として活躍します。
さらに王政復古後は幕府と朝廷の関係改善に尽力し、明治新政府でも要職を歴任しました。

松平春嶽ゆかりの地:福井城址

福井城址

福井城址

via 写真提供:公益社団法人福井県観光連盟
福井には今も春嶽ゆかりの場所が残っていますが、その代表が福井城址です。
徳川家康の次男で、初代福井藩主となった結城秀康が慶長11年(1606)に築城。三重の堀に囲まれた広大な城は本丸石垣と内堀が現存します。
また天守台下には「福井」の名の起こりとされる、「福の井」と呼ばれる井戸跡も残されています。

松平春嶽に見出された志士たち

春嶽は庶民に利益を還元する殖産興業の推進や洋式技術の導入など、現実に即した先進的な藩政改革を行います。特に積極的だったのが人材登用で、優れた人材は家柄を問わず登用していきました。

藩の財政を任された横井小楠

横井小楠

横井小楠

春嶽が幕府政事総裁となると、政治顧問として幕政改革を推進します。
まず熊本から招いたのが実践的朱子学グループ(実学党)の中心人物である横井小楠。
藩政顧問に抜擢され藩の富国策を全面的に任された小楠は、春嶽の期待通りこれを成功させます。
横井小楠寄留宅跡

横井小楠寄留宅跡

小楠の福井での住居跡。坂本龍馬が勝海舟の命で福井に来た際、ここを訪れたといいます。
via 写真提供:公益社団法人福井県観光連盟

坂本龍馬に信頼された由利公正

由利公正

由利公正

明治新政府でも財政面で活躍。
その小楠の実践的な学問に傾倒し、財政改革に尽力した三岡八郎(のちの由利公正)も抜擢された人材のひとり。
彼は外国に生糸を大量輸出し、莫大な利益を上げました。
坂本龍馬は暗殺される2週間前、由利公正を新政府の財政責任者に推薦するため、福井を訪れています。
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