島津魂炸裂!岐阜県に残る「島津の退き口」ゆかりの地
2016年12月6日 更新

島津魂炸裂!岐阜県に残る「島津の退き口」ゆかりの地

関ヶ原の戦いの最中、史上稀に見る決死の脱出作戦が敢行されていました。それが、島津義弘率いる島津隊による「島津の退き口」です。ここでは多数の家臣と甥・豊久が討死しました。豊久は、近年漫画「ドリフターズ」の主人公としても注目されていますが、彼らの足跡を巡ってみることにしましょう。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

今回ご紹介する「島津の退き口ルート」島津家ゆかりの地はこちら

・島津義弘陣跡(岐阜県関ケ原町)
・烏頭坂と豊久の碑(岐阜県大垣市)
・長寿院盛淳の墓/琳光寺(岐阜県大垣市)
・豊久の菩提寺、瑠璃光寺と島津塚(岐阜県大垣市)

壮絶!関ヶ原の戦いと島津の退き口

慶長5(1600)年に起きた関ヶ原の戦い。小早川秀秋の裏切りによって西軍は総崩れとなり、その中で島津義弘隊は孤立状態となってしまいました。

そんななか、彼は決死の敵中突破を決断します。そこで用いられた作戦が「捨て奸」です。
「捨て奸」とは、少数が残って全滅するまで戦っては敵を足止めすることを繰り返し、その間に本隊を逃がすという壮絶な戦法でした。
島津義弘

島津義弘

この中で獅子奮迅の活躍を見せたのが、義弘の甥・島津豊久や家老の長寿院盛淳らだったのです。彼らは自分の命と引き換えに義弘を守り切り、戦場に散りました。そんな彼らの激戦の跡が、岐阜県大垣市付近に残っているのです。

島津義弘陣跡(岐阜県関ケ原町)

「関ケ原にある島津義弘陣跡」

「関ケ原にある島津義弘陣跡」

関ヶ原の戦いで義弘が陣を敷いた陣跡は、石田三成陣跡(笹尾山)から800mほど南にあります。
名将として知られた義弘は鉄砲隊を使いこなしました。この時も島津隊は1,000(3,000とも)人と少数でしたが、この少数精鋭がやがて島津の退き口でその名を轟かせることになるのです。

豊久奮闘の地!烏頭坂と豊久の碑(岐阜県大垣市)

豊久は義弘を逃がすために自ら捨て奸となることを選び、東軍の追撃に立ち向かいました。この時すでに島津隊は200人ほどに減っていたそうですが、その奮戦は目覚ましく、敵将に深手を負わせ、確実に相手の勢いを削いだのです。しかし豊久も烏頭坂で深手を負ってしまいました。
今も訪れる人が後を絶たない豊久の碑

今も訪れる人が後を絶たない豊久の碑

「首置いてけ・・・」と聞こえてくるかも?
烏頭坂の側には、島津家30代当主・島津忠重が建てた豊久の碑があります。ここで亡くなったとも、逃げ延びた先で亡くなったとも言われていますが、豊久の勇猛さを伝える地であることは間違いありません。
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