【 お前はまだグンマの歴史を知らない! 】高崎の名づけ親は大河ドラマで話題のあの人?群馬が誇る歴史トリビアまとめ
2017年10月23日 更新

【 お前はまだグンマの歴史を知らない! 】高崎の名づけ親は大河ドラマで話題のあの人?群馬が誇る歴史トリビアまとめ

ドラマ「お前はまだグンマを知らない」が面白いと評判ですね。原作のマンガやドラマの中で描かれる「群馬のあるあるネタ」だけでなく群馬には歴史トリビアが実はたくさんあるのです。意外と知られていませんが群馬は歴史上でも多くの人々が関わってきたいわば「歴史銀座」のような土地。たくさんある群馬の歴史トリビアの中からとっておきのネタをご紹介しましょう。

こまきこまき

早わかり群馬の歴史

 (3021)

群馬県は古代では「上毛野国(かみつけぬのくに)」といいました。奈良時代に「上野国(こうずけのくに)」となり、「上州(じょうしゅう)」「上毛(じょうもう)」とも称されました。そして明治4年の廃藩置県で「群馬県」になったのです。この県名は上野国の中央にあった群馬郡から取られています。群馬郡はもと「車郡(くるまぐん)」だったのですが和銅6(713)年に郡名を漢字2字で表す決まりができた時に「群馬郡」に改名されました。馬の産地だったことに由来するといわれています。

群馬ゆかりの歴史上の人物は数多くいますが中でも鎌倉幕府を倒した新田義貞や同志社大学創設者の新島襄などが有名ですね。また萩原朔太郎や竹久夢二など多くの文学者を輩出してもいます。

群馬のここがスゴイ!

・"甲斐の虎"もビビりまくった群馬のタイガー・長野業正
・剣聖・上泉信綱は群馬のスター!アノ有名邦画のモデル!!
・群馬が誇る伊香保温泉は真田昌幸がつくった!
・徳川家発祥の地は群馬だった!!
・群馬の子どもを見守る【呑龍さま】
・群馬の分福茶釜は尻尾がない?!
・【国定忠治】も【木枯らし紋次郎】もグンマー!?
・群馬は算数の国?算聖・関孝和がこんなにスゴイ!
・日本の飛行機は群馬から始まった!
・旧石器時代も群馬から始まった!!
・大河ドラマで注目の井伊直政、実は「高崎」の名付け親だった!?

"甲斐の虎"もビビりまくった群馬のタイガー・長野業正

箕輪城跡

箕輪城跡

群馬県高崎市箕郷町東明屋
不敗の名将といわれた武田信玄は「甲斐の虎」の異名で知られています。この信玄の侵略を6度にわたって退け「業正がいるかぎり上野国を攻め落とすことはできない」と信玄に言わせたのが箕輪城主・長野業正でした。長野業正は「箕輪衆」と呼ばれる武士団を率いて連戦連勝し「上州の黄斑(=虎)」との異名を持つ名君として名を馳せ長野家全盛の時代を築いたのです。
業正が仕えていたのは上杉憲政(上杉謙信の養父)でした。憲政が北条氏に敗れたのちも上杉家忠臣として決して北条氏に従わなかったといいます。信玄も業正を味方に付けようと画策したようですが叶いませんでした。永禄4(1561)年、業正の死を知った信玄は上野国への侵攻を再開。2年で箕輪城は落城してしまいました。業正の墓は長野家菩提寺である長年寺(群馬県高崎市下室田町1451)にあります。

剣聖・上泉信綱は群馬のスター!アノ有名邦画のモデル!!

上泉伊勢守信綱像

上泉伊勢守信綱像

群馬県前橋市上泉町1168
上泉信綱は長野業正が率いる箕輪衆のひとりでした。箕輪衆には「箕輪十六槍」といわれる武名高い武士団がありましたがその中でも群を抜いていた信綱は、業正の子・業盛から「上野国一本の槍」という感状を授けられています。信綱は陰流の祖・愛洲移香斎を師として剣を学び新陰流を創り出し、業盛の代で信玄によって長野氏が滅亡させられた後には新陰流を伝える旅に出ました。
袋竹刀を使用した演武

袋竹刀を使用した演武

信綱をモデルにしている映画とは黒澤明監督の「七人の侍」!7人の侍のリーダー・島田勘兵衛(演:志村喬)が帯刀せず盗人から子どもを救うシーンは、信綱が新陰流・無刀取りで盗人を倒し子どもを助けた逸話によるもの。信綱の創始による新陰流は弟子たちによって柳生新陰流(柳生宗厳)、疋田陰流(疋田景兼)、タイ捨流(丸目長恵)などの流派を派生させました。また信綱が竹刀の前身である袋竹刀を発明したことで大きな怪我をせずに剣術の稽古ができるようになったのです。
67 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

こまき

こまき

歴史ライター。ワイルドサイドを歩くことを信条とする。『時の娘』をはじめとした歴史ミステリーに目がなく、読む→書く→読む→書くの無限ループのうちに日々を過ごす安楽椅子ライター。昼夜を分かたずラジオを流しているラジオ狂でもある。『姓氏家系歴史伝説大事典』『江戸東京魔界紀行』(共に勉誠出版)『社寺縁起伝説辞典』『横溝正史研究』(共に戎光祥出版)等々へ記事執筆多数。

関連する記事 こんな記事も人気です♪

歴史好きが選んだ!満足度の高い史跡&行ってみたい史跡は?

歴史好きが選んだ!満足度の高い史跡&行ってみたい史跡は?

GWなどの連休になると、歴史好きの皆さんは城や神社仏閣、大河ドラマや歴史上の人物ゆかりの地に出かけられる方も多いと思います。そこでユカリノ編集部では、日本全国の読者の皆様に「行ってよかった史跡」についてアンケートを実施。歴史好きならではの視点で「満足度の高い史跡」についてのご意見をまとめました。
第5回:国宝天守と防御の仕組みに注目!彦根城【月刊 日本の城】

第5回:国宝天守と防御の仕組みに注目!彦根城【月刊 日本の城】

webサイト「日本の城写真集」の管理人・けいすけが、日本の名城の見どころ、撮りどころを徹底的に紹介する連載「月刊 日本の城」。第5回は江戸幕府の重鎮・井伊家の居城だった彦根城をご紹介します。全国で12しかない現存天守のある彦根城ですが、その天守のほかにも、見逃せないポイントが多くあり、特にあまり見られない防御の仕組みが存在するのが魅力です。そんな彦根城のオススメのポイントを写真を中心に紹介していきます。
【 井伊直政も活躍! 】徳川家康と武田信玄・勝頼が奪い合った高天神城

【 井伊直政も活躍! 】徳川家康と武田信玄・勝頼が奪い合った高天神城

静岡県掛川市上土方にあった山城・高天神城。一般的に認知の低い城ですが、戦国時代は「高天神を制する者は遠州を制する」と言われるほどの重要拠点でした。このお城をめぐって、長年にわたり死闘を繰り広げてきた徳川家と武田家。両者はいかに戦ったのか。そしてこの戦いをきっかけに異例の出世を遂げた武将とは…!?高天神城争奪戦の内容を追っていきましょう!
彦根城×ブルーインパルスの華麗な競演!彦根眺城フェスに行ってきた

彦根城×ブルーインパルスの華麗な競演!彦根眺城フェスに行ってきた

滋賀県彦根市にある国宝・彦根城。今年は築城410年祭が開催中です。そのイベントのひとつとして、2017年6月4日に航空自衛隊ブルーインパルスによる展示飛行が実施。彦根城もブルーインパルスも好きな編集部は、居ても立っても居られず…現地取材に行って来ました!そのレポートをお届けします。
井伊直虎以外にも全国各地にいた!「おんな城主」たちのゆかりの地まとめ

井伊直虎以外にも全国各地にいた!「おんな城主」たちのゆかりの地まとめ

現在放送中のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」。ドラマ人気にあやかり、井伊直虎を観光の目玉としている静岡県浜松市ですが、実は日本各地で「直虎だけじゃない!」と地元に伝わるおんな城主たちをPRしているのをご存じでしょうか。そこで日本全国おんな城主にゆかりのある地を、逸話とともにまとめてご紹介します。
2019年の干支「イノシシ」ゆかりの城、真壁城・小田原城

2019年の干支「イノシシ」ゆかりの城、真壁城・小田原城

2019年は亥年。猪のように猪突猛進に突き進んでいきたいですね。そこで今回は猪にゆかりのあるお城をチョイス。お城充をしながら干支のご利益にあやかってみてはいかがでしょうか。
“日本最強”の江戸城を実感しよう!女子限定の城歩きイベント第3弾を開催

“日本最強”の江戸城を実感しよう!女子限定の城歩きイベント第3弾を開催

好評につき、ユカリノ主催・女子限定城歩きイベントの第3弾が決定しました!今回は、誰もが知っている「江戸城」の意外な見どころを探します。城に興味はあるけれど、城の見方や歩き方がよくわからない…という城めぐり初心者の女子の皆様、この機会にぜひご参加ください。
映画「サムライマラソン」で注目!幕末から続く安政遠足の歴史とは?

映画「サムライマラソン」で注目!幕末から続く安政遠足の歴史とは?

2019年2月に公開される佐藤健さん主演の映画「サムライマラソン」。原作は土橋章宏氏の小説「幕末まらそん侍」ですが、そのテーマとなった「安政遠足(あんせいとおあし)」をご存知でしょうか?日本のマラソン発祥の地として、今も群馬県安中市で続く安政遠足の歴史とともに、映画でのキャストも気になる登場人物についてもご紹介します。
歴ニン君:諸国漫遊記編★第七忍「縁切寺:満徳寺」

歴ニン君:諸国漫遊記編★第七忍「縁切寺:満徳寺」

さすらいの忍者・歴ニン君が日本各地を旅してまじめに忍術を学ぶ(?)「諸国漫遊記編」。今回は、群馬県太田市にある満徳寺に来たよ。前回紹介した東慶寺とともに、徳川幕府公認の『縁切寺』として有名だね。インパクト大の縁切り方法にも注目だよ。
徳川幕府ゆかりの縁切寺・満徳寺、その驚くべき縁切り方法とは!?

徳川幕府ゆかりの縁切寺・満徳寺、その驚くべき縁切り方法とは!?

縁結びにご利益のある寺社は女性に人気の観光スポットとして定着していますが、「縁切り」にご利益のある寺社はそうそう見かけません。しかし徳川幕府の時代、「縁切寺」は女性にとってありがたい救済スポットでした。現在でも縁切寺として知られる群馬県太田市の満徳寺で行われている縁切りとはどのようなものなのか?江戸時代に縁切寺が必要だった理由とともに追ってみました。