戊辰戦争を戦い抜いた異色の幕臣・大鳥圭介ゆかりの地【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第9回】
2018年7月27日 更新

戊辰戦争を戦い抜いた異色の幕臣・大鳥圭介ゆかりの地【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第9回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第9回は大鳥圭介ゆかりの地です。新選組の土方歳三が戦死したことで知られる函館戦争。そのとき旧幕府軍・総裁だったのが榎本武揚、陸軍奉行だったのが大鳥圭介でした。「全身これ肝」といわれ、幕臣となって戊辰戦争を戦い抜いた大鳥の生涯とゆかりの地をご紹介します。

小栗さくら小栗さくら

戊辰戦争を戦い抜いた男・大鳥圭介

大鳥圭介

大鳥圭介

誕生日は天保4年(1833)2月25日とされますが、大鳥家では2月28日とされているそうです。
新政府軍と旧幕府軍の最後の戦いとなった箱館戦争。多くの方は新選組の土方歳三が戦死したことでよくご存知かと思います。その箱館において旧幕府軍・総裁だったのが榎本武揚、陸軍奉行だったのが大鳥圭介です。
この2人のことは、大河ドラマ「新選組!」の続編「新選組!!土方歳三最期の一日」で知ったという方も多いのではないでしょうか。

とはいえ大鳥を主人公にしたものは少なく、一般的にはあまり知られていないように思います。
そこで今回は、「全身これ肝」といわれた大鳥のさまざまなエピソードを交えて紹介いたします。

大鳥圭介、播磨に生まれる

大鳥圭介

大鳥圭介

幕臣の頃の大鳥。
幕臣となって戊辰戦争を戦い抜いた大鳥ですが、生まれたのは播磨国赤穂郡(現在の兵庫県)、代々漢方医を生業としてきた医者の家でした。

漢学者である祖父・純平から勉学の手ほどきを受けた大鳥は、教えるとすぐ暗記した「神童」であったといわれます。一方で子供の頃はかなり腕白だったようで、自分より背の高い子もいる中で、大将になって采配を振るい遊んでいたというお話もあります。

13歳で岡山藩の郷学・閑谷(しずたに)学校へ入学した大鳥は、そこで漢学や儒学・詩文等を学び、書家としての才能も開花。普通在校は1年に限られていましたが、大鳥が通うことを許された年月は5年!先生も教えがいがあったのでしょうね。この頃の大鳥は儒学者を目指していたといいます。
閑谷学校(岡山県備前市)

閑谷学校(岡山県備前市)

岡山藩主・池田光政によって開設された庶民のための学校。講堂は国宝に指定されています。
via 写真提供:岡山県

大坂に出て適塾に入門

しかし先祖の生業を継ぐことを父に望まれ、医者修行をし、やがて漢方医学ではなく蘭方医学を学ぼうと、大坂へ出て緒方洪庵の適塾(てきじゅく)に入門します。

大鳥はお金がなかったため、按摩(あんま)や筆写をして生活費の足しにしていたといいます。しかも按摩は緒方洪庵が大鳥に頼むほどの腕前。何事もそつなくこなす姿が思い浮かびますね。

また、芝居が好きだった大鳥は、仲間の前でよく真似をして笑わせていたそうです。
自分が早起きだからか、いつも眠りを貪る同窓の玄龍を起こす時に「あれ、玄龍どのお起きめされ」と芝居のように言って起こしていたのだとか。仲間たちとの楽しそうな雰囲気が伝わる逸話ですね。
適塾(大阪府大阪市)

適塾(大阪府大阪市)

福沢諭吉も通っていた適塾は、現存する唯一の蘭学塾の遺構として重要文化財に指定されています。

帰郷と偽って江戸へ

蘭学に夢中だった大鳥は、江戸に出て更に学びたいと考え始めます。といっても普段から生活費が足りない大鳥に、そんな資金はありません。

そこで大鳥が考えたのは、両親に「帰郷するため」と偽って資金をもらい、そのお金で江戸に行くということでした。大鳥がその時したためた書状には「このたび万事宜しく致し帰宅仕り候には種々入用多く…」と、帰宅には何かとお金がかかり産物なども少々買いたいので…と記されています。

そうして親から送られてきた4両を手にした大鳥は、旅立ちの前日に詫び状を出して江戸へと出立したのでした。親のお金を別のことに使ってしまうというのは現代でも聞くお話ですが、あくまでも遊びではなく勉学のためだったのですね。

江戸で勝海舟、大山巌らと出会う

江川英龍

江川英龍

伊豆韮山の代官。反射炉を築き、日本に西洋砲術を普及。大鳥も彼から西洋砲術を学びます。
江戸に出た大鳥は、師・緒方洪庵の紹介状を持って、蘭学者・大木忠益を訪ねました。忠益は、のちに薩摩藩主・島津斉彬の侍医となった人物です。

大鳥はここで、半年も経たないうちに塾長を命じられたほか、その後江川英龍で知られる江川塾でもオランダ兵学書を教えることになります。
このころ勝海舟や、西郷隆盛のいとこである大山巌、黒田清隆と出会ったのだとか。
その後も大鳥は、薩摩藩の台場造営を手がけるなど薩摩との縁は続きます。黒田が箱館戦争で榎本武揚ら幕臣の助命嘆願をしていたのは、こうした縁があったからなのでしょうね。

また、大坂時代と違いお金に余裕ができた大鳥は、仲間と3人で江ノ島まで遊びに行ったなんてお話も残っています。
50 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

関連する記事 こんな記事も人気です♪

真田幸村、坂本龍馬…超有名人を討ち取った!?知られざる「実行犯」たち

真田幸村、坂本龍馬…超有名人を討ち取った!?知られざる「実行犯」たち

真田幸村、坂本龍馬など、討死や暗殺によって最期を遂げた有名人を討ち取った「実行犯」に迫る書籍『あの方を斬ったの…それがしです-日本史の実行犯-』が3月19日(月)に発売!討ち取られた人物に比べるとマイナーな彼らは、どんな人物だったのでしょうか?本書の著者で歴史ナビゲーターの長谷川ヨシテルさんに、書籍の中からとくにおすすめの3人をご紹介いただきました。
幕末維新に活躍した肥前佐賀藩の先人「佐賀の七賢人」まとめ

幕末維新に活躍した肥前佐賀藩の先人「佐賀の七賢人」まとめ

幕末から明治にかけて、数多くの人材を輩出した肥前佐賀藩。その中でも中心的な役割を果たした7人を「佐賀の七賢人」と呼びます。幕末の佐賀藩主・鍋島直正や、早稲田大学創設者の大隈重信などの有名人から知られざる?人物まで、七賢人をまとめてご紹介。3月17日(土)から始まる「肥前さが幕末維新博覧会」の予習にどうぞ!
【 武将隊、刀剣、西郷どんのスタンプラリーも!】寒さ吹き飛ぶ!2月のイベントまとめ

【 武将隊、刀剣、西郷どんのスタンプラリーも!】寒さ吹き飛ぶ!2月のイベントまとめ

あまりの寒さに家に引きこもりたくなる冬。しかし2月は寒さも吹き飛ぶ熱いイベントが続々開催されます。全国の武将隊が集結する武将博から、沖田総司の愛用していた刀工の刀剣展示、大河ドラマ「西郷どん」のスタンプラリーなど、歴史系イベントをご紹介します。
あの名シーンを再現!?大河ドラマ「真田丸」ゆかりの地まとめ

あの名シーンを再現!?大河ドラマ「真田丸」ゆかりの地まとめ

大人気2016年大河ドラマ「真田丸」。劇中で主人公の真田幸村(信繁)と、彼を取り巻く真田一族や戦国武将たちによる数々の名シーンの舞台となったゆかりの地をまとめてご紹介します。
三島弥彦、吉岡信敬…天狗倶楽部のメンバーたち、破天荒だがそこがいい!

三島弥彦、吉岡信敬…天狗倶楽部のメンバーたち、破天荒だがそこがいい!

大河ドラマ「いだてん」が始まり、初回から話題を呼んでいます。なかでもTNGこと「天狗倶楽部」のはじけっぷりに度肝を抜かれた方も多いのではないでしょうか。生田斗真さん演じる三島弥彦を筆頭に、個性強めなメンバーたちは、いったいどんな人物だったのでしょうか。実在するメンバーの紹介と、彼らにゆかりがある場所をご紹介します。
東海の覇者・今川氏が用いた謎多き家紋「二つ引両紋」【家紋のルーツ:第9回】

東海の覇者・今川氏が用いた謎多き家紋「二つ引両紋」【家紋のルーツ:第9回】

家紋がいつ、どのように生まれ、なぜ使われるようになったのか?そんな家紋のルーツを日本家紋研究会会長の髙澤等さんがゆかりの地とともに紹介する連載。2019年は「海道一の弓取り」といわれた今川義元の生誕500年。そこで今回は今川氏の家紋「二つ引両紋」を中心にご紹介します。謎多き二つ引両紋のルーツを、足利氏との関係とあわせて紐解いてみましょう。
【野心なき大物・大山巌】西郷の肖像画のモデル、西洋かぶれの一面も?

【野心なき大物・大山巌】西郷の肖像画のモデル、西洋かぶれの一面も?

西郷隆盛のいとこであり、西郷の肖像画のモデルのひとりになったと言われる大山巌。大河ドラマ「西郷どん」には登場しませんでしたが、戊辰戦争で頭角を現した大山は、西南戦争では西郷と戦い、やがて新政府の重鎮となりました。西洋文化に傾倒し、政治的野心とは無縁のおおらかな人物だったようです。そんな大山巌の生涯とゆかりの地をご紹介します。
再評価の動きも?日本軍閥の祖・山縣有朋が眠る護国寺【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第25回】

再評価の動きも?日本軍閥の祖・山縣有朋が眠る護国寺【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第25回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第25回は、山縣有朋ゆかりの地です。「日本軍閥の祖」とも呼ばれ、明治政府では軍政家として陸軍の礎を築いた山縣有朋。一般的なイメージはあまり良くないようですが、最近ではその評価も見直されつつあります。山縣が歩んだ人生を、墓所・護国寺とともにご紹介します。
兄・容保と最後まで幕府に尽くした、桑名藩主・松平定敬【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第23回】

兄・容保と最後まで幕府に尽くした、桑名藩主・松平定敬【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第23回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第23回は、桑名藩主・松平定敬ゆかりの地を紹介します。高須四兄弟の末弟だった定敬は、京都所司代として兄である会津藩主・松平容保とともに幕府に尽くします。しかし戊辰戦争が始まると徐々に追い詰められ…。時流に翻弄された定敬の波乱万丈な生涯を、ゆかりの地とともにご紹介します。
【今年も開催!しながわ宿場まつり】当代随一の宿場町・東海道「品川宿」の歴史とは?

【今年も開催!しながわ宿場まつり】当代随一の宿場町・東海道「品川宿」の歴史とは?

江戸時代、東海道53次最初の宿場町として栄えた品川宿。その伝統と文化を未来に伝え、地域の発展をめざして開催されるのが「しながわ宿場まつり」です。このエリアは正真正銘の旧東海道の品川宿。「北の吉原 南の品川」といわれ、大名行列や維新志士も通った東海道品川宿の歴史をご紹介します。