戊辰戦争を戦い抜いた異色の幕臣・大鳥圭介ゆかりの地【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第9回】
2018年7月27日 更新

戊辰戦争を戦い抜いた異色の幕臣・大鳥圭介ゆかりの地【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第9回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第9回は大鳥圭介ゆかりの地です。新選組の土方歳三が戦死したことで知られる函館戦争。そのとき旧幕府軍・総裁だったのが榎本武揚、陸軍奉行だったのが大鳥圭介でした。「全身これ肝」といわれ、幕臣となって戊辰戦争を戦い抜いた大鳥の生涯とゆかりの地をご紹介します。

小栗さくら小栗さくら

その証拠に、新政府軍からの大鳥の評価は高く、「全戦闘を通じて、官軍の敵の中で一番すぐれた指揮者の一人」「大鳥、韜略(とうりゃく/戦略)に通じ、機略群を抜く」などの声が挙がっています。

また、薩摩藩の野津道貫(のづ・みちつら)は、「大鳥は戦上手なので、負けても恥でない。なぜなら大鳥の書で錬兵のことを習ったのだから、向こうはお師匠さんだもの」と語っています。
さらに大鳥のせいで負けたわけではない戦については、部下が「後世、みだりに拙策というなかれ」と大鳥を庇っています。

その一方で、江戸を脱する時に「脱走の主意は必ずしも戦争する考えではない」と言っているように、大鳥は敵から攻められるから仕方なく戦っていた部分もあるようで、戦うことよりも幕府・幕臣たちの進退を考えることの方が重要だったようにも見えます。

箱館戦争での降伏

五稜郭タワーから見た五稜郭(北海道函館市)。4月下旬頃...

五稜郭タワーから見た五稜郭(北海道函館市)。4月下旬頃は桜が満開でとても綺麗ですよ。画像は6月中旬のものです。

via 提供:小栗さくら
五稜郭まで転戦した旧幕府軍でしたが、明治2年(1869)5月18日、五稜郭はとうとう開城し、戊辰戦争は終結を迎えます。大鳥が「ここは一つ降伏と洒落込もう」と言ったという話は有名ですが、当時の記録には見当たらないそうです。

ただ、榎本武揚が切腹をしようとしたのに対し、大鳥は「降参したって殺されやしない」と思っていたと後日語っています。しかも榎本のことを「榎本は正直だったから、しきりに切腹をしたがった」と。
榎本武揚

榎本武揚

幕府海軍の指揮官となり、戊辰戦争では旧幕府軍を率いて蝦夷地を占領しますが、箱館戦争で敗北し降伏。敵将である黒田清隆の尽力により助命され、釈放後は明治政府に仕えます。
安政の大地震の時にも、大鳥が住んでいた長屋が潰れたにもかかわらず「なくすものは何もないから損もない」と酒を飲みだしたというエピソードがあります。

話だけ聞くとまさに「全身これ肝」な大鳥なのですが、五稜郭降伏の時、本当は死を覚悟していたと後年語っています。人前でそういう面を見せたくない人だったのかもしれませんね。

明治政府へ出仕

晩年の大鳥圭介

晩年の大鳥圭介

新政府に出仕後、工部大学校長、元老院議官などを経て、学習院長に。さらに清国公使として赴任、のち朝鮮公使を兼任します。
戊辰戦争後、榎本らとともに投獄された大鳥でしたが、明治5年(1872)に釈放されます。

その後、大鳥は明治政府に出仕し、開拓使や欧米諸国の歴訪、殖産興業政策に貢献します。
若い頃に離れていた故郷の産業にも貢献、鉄道や学校建設などにも尽力しました。面白いのは、地元に養蚕・養豚・製紙を指導する際に、イギリスの豚の種類まで調べてアドバイスしているところ。学問を追求していた大鳥は、こんなときでも調べだしたら止まらなかったのではないでしょうか。

学校関係の役職も歴任し、のちには日清戦争の外交交渉役としても活躍した大鳥ですが、かつての同志たちのことを忘れたわけではありませんでした。

箱館戦争の戦死者のために建てられた碧血碑

函館山・碧血碑(北海道函館市)

函館山・碧血碑(北海道函館市)

函館山の中腹に建つ碧血碑。旧幕府軍好きの方には、函館で一番行ってほしい場所です。
via 提供:小栗さくら
箱館戦争戦死者の7回忌に、函館山に供養碑が建てられました。その名は「碧血碑」。
「碧血」とは「義に殉じて死した忠臣の血は三年経つと碧に変わる」という中国の故事からとられたものです。一説には「碧血碑」の三文字は、大鳥によるものだといわれています。
この碑は榎本や大鳥らが協力して建立し、これを期に碧血会という戦友会が生まれました。

また、大鳥は晩年に彰義隊についても哀悼の意を表した漢詩を詠んでいます。明治日本に尽くしながらも、幕府側で戦った同志への想いは深かったのでしょうね。

一方で、『氷川清話』で榎本と大鳥に皮肉を書いた勝海舟の死に対しては、「法螺の大将軍を失った」と息子に書き送っていて、そういうところもまた大鳥らしいように感じます。
円通寺・大鳥圭介追弔碑(東京都荒川区)

円通寺・大鳥圭介追弔碑(東京都荒川区)

彰義隊の墓がある円通寺には、大鳥圭介のほか、榎本武揚など函館戦争を戦った幕臣たちの追弔碑があります。
via 提供:小栗さくら

気概は旗本以上だった!?大鳥圭介

青山霊園・大鳥圭介墓所(東京都港区)

青山霊園・大鳥圭介墓所(東京都港区)

青山霊園にある大鳥圭介のお墓。敷地内には大鳥の妻のお墓もあります。また、同霊園には大鳥を評した薩摩藩・野津道貫のお墓もありますよ。
via 提供:小栗さくら
50 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

関連する記事 こんな記事も人気です♪

真田幸村、坂本龍馬…超有名人を討ち取った!?知られざる「実行犯」たち

真田幸村、坂本龍馬…超有名人を討ち取った!?知られざる「実行犯」たち

真田幸村、坂本龍馬など、討死や暗殺によって最期を遂げた有名人を討ち取った「実行犯」に迫る書籍『あの方を斬ったの…それがしです-日本史の実行犯-』が3月19日(月)に発売!討ち取られた人物に比べるとマイナーな彼らは、どんな人物だったのでしょうか?本書の著者で歴史ナビゲーターの長谷川ヨシテルさんに、書籍の中からとくにおすすめの3人をご紹介いただきました。
幕末維新に活躍した肥前佐賀藩の先人「佐賀の七賢人」まとめ

幕末維新に活躍した肥前佐賀藩の先人「佐賀の七賢人」まとめ

幕末から明治にかけて、数多くの人材を輩出した肥前佐賀藩。その中でも中心的な役割を果たした7人を「佐賀の七賢人」と呼びます。幕末の佐賀藩主・鍋島直正や、早稲田大学創設者の大隈重信などの有名人から知られざる?人物まで、七賢人をまとめてご紹介。3月17日(土)から始まる「肥前さが幕末維新博覧会」の予習にどうぞ!
【 武将隊、刀剣、西郷どんのスタンプラリーも!】寒さ吹き飛ぶ!2月のイベントまとめ

【 武将隊、刀剣、西郷どんのスタンプラリーも!】寒さ吹き飛ぶ!2月のイベントまとめ

あまりの寒さに家に引きこもりたくなる冬。しかし2月は寒さも吹き飛ぶ熱いイベントが続々開催されます。全国の武将隊が集結する武将博から、沖田総司の愛用していた刀工の刀剣展示、大河ドラマ「西郷どん」のスタンプラリーなど、歴史系イベントをご紹介します。
あの名シーンを再現!?大河ドラマ「真田丸」ゆかりの地まとめ

あの名シーンを再現!?大河ドラマ「真田丸」ゆかりの地まとめ

大人気2016年大河ドラマ「真田丸」。劇中で主人公の真田幸村(信繁)と、彼を取り巻く真田一族や戦国武将たちによる数々の名シーンの舞台となったゆかりの地をまとめてご紹介します。
三島弥彦、吉岡信敬…天狗倶楽部のメンバーたち、破天荒だがそこがいい!

三島弥彦、吉岡信敬…天狗倶楽部のメンバーたち、破天荒だがそこがいい!

大河ドラマ「いだてん」が始まり、初回から話題を呼んでいます。なかでもTNGこと「天狗倶楽部」のはじけっぷりに度肝を抜かれた方も多いのではないでしょうか。生田斗真さん演じる三島弥彦を筆頭に、個性強めなメンバーたちは、いったいどんな人物だったのでしょうか。実在するメンバーの紹介と、彼らにゆかりがある場所をご紹介します。
東海の覇者・今川氏が用いた謎多き家紋「二つ引両紋」【家紋のルーツ:第9回】

東海の覇者・今川氏が用いた謎多き家紋「二つ引両紋」【家紋のルーツ:第9回】

家紋がいつ、どのように生まれ、なぜ使われるようになったのか?そんな家紋のルーツを日本家紋研究会会長の髙澤等さんがゆかりの地とともに紹介する連載。2019年は「海道一の弓取り」といわれた今川義元の生誕500年。そこで今回は今川氏の家紋「二つ引両紋」を中心にご紹介します。謎多き二つ引両紋のルーツを、足利氏との関係とあわせて紐解いてみましょう。
【野心なき大物・大山巌】西郷の肖像画のモデル、西洋かぶれの一面も?

【野心なき大物・大山巌】西郷の肖像画のモデル、西洋かぶれの一面も?

西郷隆盛のいとこであり、西郷の肖像画のモデルのひとりになったと言われる大山巌。大河ドラマ「西郷どん」には登場しませんでしたが、戊辰戦争で頭角を現した大山は、西南戦争では西郷と戦い、やがて新政府の重鎮となりました。西洋文化に傾倒し、政治的野心とは無縁のおおらかな人物だったようです。そんな大山巌の生涯とゆかりの地をご紹介します。
再評価の動きも?日本軍閥の祖・山縣有朋が眠る護国寺【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第25回】

再評価の動きも?日本軍閥の祖・山縣有朋が眠る護国寺【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第25回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第25回は、山縣有朋ゆかりの地です。「日本軍閥の祖」とも呼ばれ、明治政府では軍政家として陸軍の礎を築いた山縣有朋。一般的なイメージはあまり良くないようですが、最近ではその評価も見直されつつあります。山縣が歩んだ人生を、墓所・護国寺とともにご紹介します。
兄・容保と最後まで幕府に尽くした、桑名藩主・松平定敬【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第23回】

兄・容保と最後まで幕府に尽くした、桑名藩主・松平定敬【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第23回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第23回は、桑名藩主・松平定敬ゆかりの地を紹介します。高須四兄弟の末弟だった定敬は、京都所司代として兄である会津藩主・松平容保とともに幕府に尽くします。しかし戊辰戦争が始まると徐々に追い詰められ…。時流に翻弄された定敬の波乱万丈な生涯を、ゆかりの地とともにご紹介します。
【今年も開催!しながわ宿場まつり】当代随一の宿場町・東海道「品川宿」の歴史とは?

【今年も開催!しながわ宿場まつり】当代随一の宿場町・東海道「品川宿」の歴史とは?

江戸時代、東海道53次最初の宿場町として栄えた品川宿。その伝統と文化を未来に伝え、地域の発展をめざして開催されるのが「しながわ宿場まつり」です。このエリアは正真正銘の旧東海道の品川宿。「北の吉原 南の品川」といわれ、大名行列や維新志士も通った東海道品川宿の歴史をご紹介します。