【花より女子(おなご)!?】秀吉最期のビッグイベント「醍醐の花見」ゆかりの地
2017年3月15日 更新

【花より女子(おなご)!?】秀吉最期のビッグイベント「醍醐の花見」ゆかりの地

人生最期の花見として豊臣秀吉が開催した「醍醐の花見」。男性はほとんど参加できず、1300人もの女性に参加者が限られた舞台裏。平安時代から「花の醍醐」と知られた桜の名所、醍醐寺についてもご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

秀吉プレゼンツ!「醍醐の花見」とは?

『醍醐の花』(尾形月耕『日本花図絵』)

『醍醐の花』(尾形月耕『日本花図絵』)

豊臣秀吉肖像の一部(高台寺所蔵)

豊臣秀吉肖像の一部(高台寺所蔵)

慶長3(1598)年3月15日、醍醐寺(京都府京都市伏見区)三宝院裏の山麓で、豊臣秀吉が花見の宴を開催しました。九州平定直後に催された北野大茶湯と並び、秀吉が催した大イベントとして知られます。

責任者には五奉行の一人として知られる前田玄以を任命。秀吉自らも醍醐寺へ足繁く通い下見をし、殿舎の造営や庭園の改修を指揮しました。醍醐山の山腹に至るまで、伽藍全体に700本の桜を植樹したそうです。
前田玄以像(蟠桃院蔵)

前田玄以像(蟠桃院蔵)

会場となった醍醐寺の第80代座主(最上位の住職)義演は、秀吉の帰依を得て良好な関係を築いていました。秀吉の最期が近いことを感じ取り、大舞台をしつらえるため準備に奔走しました。秀吉は醍醐の花見の約5か月後に没しましたので、最期に見た桜だったのかも知れませんね。

参加者1300人ほとんどは女性!

『伝淀殿画像』(奈良県立美術館所蔵)

『伝淀殿画像』(奈良県立美術館所蔵)

醍醐の花見でもお騒がせの淀殿
女性に関するエピソードが絶えない秀吉らしく、諸大名から配下の女房衆を約1300人も召し従えた盛大な催しでした。諸大名は伏見城から醍醐寺までの沿道の警備や、会場に設営された茶屋(パビリオンのようなもの)の運営にはあたりましたが、花見に招かれたのは女性ばかり。男性の参加者としては、秀吉と息子の秀頼、前田利家のみだったとか。

花見当日は女性同士の争いが激しかったようです。宴会の席で、北政所(秀吉の正室)の次に杯を受けるのを、側室である淀殿と松の丸殿が争い、北政所と仲のよいまつ(前田利家の正室)が見兼ねて場を抑えたという話が残っています。

広大な醍醐寺、会場は三宝院

三宝院に咲き誇る桜

三宝院に咲き誇る桜

花見の舞台、醍醐寺は「古都京都の文化財」として世界遺産に登録され、200万坪以上の広大な境内です。大きく「上醍醐」「下醍醐」「三宝院」に分けられ、花見が行われたのは三宝院。

上醍醐には醍醐寺開創の地として国宝・重要文化財に指定されている堂宇が点在しています。下醍醐には、国宝の金堂をはじめとして仏教建築が多数並びます。下醍醐から上醍醐まで約1時間の山道を歩くことになります。

そして醍醐の花見が行われた三宝院。醍醐寺の本坊的な存在として歴代座主が居住する坊です。庭園全体を見渡せる表書院は桃山時代を代表する建造物であり、国宝に指定されています。
醍醐の花見に際し、秀吉自ら基本設計をした三宝院庭園(国の特別史跡・特別名勝)は桃山時代の華やかな雰囲気を残しています。

4月9日に醍醐の花見が再現される!

そんな醍醐の花見を再現するイベント「豊太閤花見行列」が4月第2日曜(2017年は4月9日)に開催されます。桃山時代の装束を身につけた約200人が境内を練り歩きます。混雑を回避するために桜のピークを避けて開催されますが、賑やかな花見の様子を彷彿させてくれますよ。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?
(takeyabu)
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