時代に翻弄された皇女和宮と大奥の女性たち【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第8回】
2018年7月27日 更新

時代に翻弄された皇女和宮と大奥の女性たち【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第8回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第8回は、皇女和宮ゆかりの地。幕末には、多くの人が時代の流れに翻弄されましたが、それは大名や志士たちだけではなく天皇家や公家も例外ではありませんでした。今回は、許嫁との婚約を破棄して徳川に嫁ぐこととなった、皇女和宮の生涯とゆかりの地とともに、大奥の女性たちについてもご紹介します。

小栗さくら小栗さくら

何事も御所風に、という条件で降嫁した和宮でしたが、江戸に着いてすぐに天璋院(篤姫)と衝突することになります。天璋院は薩摩出身で、13代将軍・家定の御台所となった人物です。天璋院は家茂の義母として、その養育にも力を入れていたそうです。
大河ドラマ「篤姫」で宮﨑あおいさんが主役となって一躍有名になりました。今年の「西郷どん」では北川景子さんが演じられています。

天璋院は和宮に会っても会釈も礼もなく、また座るときには天璋院のみ敷物があり和宮には何もなかったといいます。
天璋院からすれば、徳川に嫁いだ以上、通常の大奥の嫁姑関係でいようとしたのでしょうが、和宮にとってはそれまでの生活からは信じられないことだらけだったのでしょう。時に涙することもあったそうです。
天璋院(篤姫)

天璋院(篤姫)

薩摩藩島津家の分家に生まれ、藩主・島津斉彬の養女となり、江戸幕府13代将軍・徳川家定の正室となった篤姫。彼女もこの時代、波乱の人生を生きた女性のひとりです。

家茂とは仲睦まじい夫婦に

こうした大奥との軋轢は孝明天皇の怒りを買い、御所から幕府に向けて「和宮に関しては京風であることを初めからいっている」ということや「のちのちの御台所にまで京風を残そうとは思っていない」など、和宮に関しては例外的に京風にするようお達しがありました。

それでも家茂と和宮の二人は仲睦まじかったようで、家茂は金魚をお土産に立ち寄ったり、収穫を祝う「玄猪(げんちょ)の日」に子宝にめぐまれることを願う猪子餅(いのこもち)を一緒に食べたり、高価な贈り物をしたりと和宮を気遣っていました。

一方和宮も、乗馬する家茂を見ていたり、京へと向かう家茂の道中が海路と知ると、身を案じて道を変えることを申し入れたり、家茂のためにお百度参りをするなど、思いやりを持って接していました。
そんな様子が天璋院と和宮の関係改善に向かわせたともいいます。
増上寺御朱印

増上寺御朱印

和宮は増上寺(東京都港区)の黒本尊の御札を祀り、家茂のためお百度を踏んだといいます。こちらは黒本尊の御朱印です。

増上寺の御朱印帳はシックでかっこいいので、徳川好きはこちらで御朱印巡りを開始されると良いと思います!
via 提供:小栗さくら
二人が仲睦まじいにもかかわらず、大奥の女官たちは「和宮様は江戸には長くいらっしゃらないおつもりらしい」とか「上様の方からご機嫌をとらせている」など和宮に冷たくあたったようで、体調を崩している時でさえ悪く言われたようです。

和宮やその側に仕える女官たちにも、自分たちは宮中から来ているというプライドがあったのは確かでしょうし、足袋を履くか履かないかひとつでも慣習の違いを痛感していたようですから、心休まらない日が続いたでしょうね。

和宮と大奥の女性たち

幕末の大奥といえば天璋院と和宮ですが、ほかにも個性豊かな人々がいました。
ここでは、家茂の実母で、和宮の姑である実成院(じつじょういん)、最後の御年寄りの瀧山(たきやま)、和宮に尽くした土御門藤子(つちみかどふじこ)をご紹介します。

家茂の実母・実成院

将軍の母として珍しいタイプなのが、和宮の姑にあたる実成院です。和宮の姑というと天璋院のイメージが強いので、家茂の実母である実成院にはあまりスポットが当たらないですよね。
13代将軍・徳川家定

13代将軍・徳川家定

天璋院(篤姫)の夫である家定。もともと体が弱く、家定は将軍就任後はさらに悪化。幕政は老中・阿部正弘に任せていました。
この頃の大奥は、13代将軍・家定の生母である本寿院(ほんじゅいん)が大奥随一の権勢を握っており、また実子であるはずの家茂のことも天璋院が養育していたため、実成院はあまり居場所がなかったとも見られています。

しかしその反動からなのか、派手好きでお酒も大好きという将軍の母としては意外な生活をしています。毎晩お酒を飲んでは騒いだため、大奥を取り仕切っていた御年寄・瀧山と頻繁に衝突していたとか。
江戸開城のときには、和宮とともに清水屋敷に移り、21歳で亡くなった息子・家茂とは違い84歳まで生きたということです。

最後の御年寄・瀧山

そんな実成院に悩まされたのが、大奥最後の御年寄となった瀧山です。御年寄というのは、よくドラマで大奥総取締役などと表現される、将軍や御台所に謁見できる役職の人物です。
「篤姫」では稲森いずみさんが演じられていましたね。

瀧山は10代で大奥に勤め、家茂の将軍継嗣のためにも尽力しました。そんな実力者・瀧山が手こずったというのが、将軍につかせるため尽力した家茂の実母だというのですから皮肉ですね。
実成院のどんちゃん騒ぎの生活ぶりを見かねて注意した瀧山でしたが、一説には実成院付きの女中に恨まれて散々な嫌がらせを受けたり、呪いをかけられたともいわれています。女性の世界は怖いですね…。
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小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

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