【今も息づく「吉原遊郭」の光と闇】当時の街の形が引き継がれた現代の吉原を歩く
2018年11月12日 更新

【今も息づく「吉原遊郭」の光と闇】当時の街の形が引き継がれた現代の吉原を歩く

江戸文化の象徴の一つであり、屈指の賑わいを誇った吉原。浅草の北、吉原のあった地域は、当時の道や区画が、ほぼ現代に引き継がれているのが特徴です。歴史をテーマにした街歩きガイドを務める岡田英之さんが、吉原の光と闇と共に、ゆかりの地をご案内します。

岡田英之岡田英之

明治時代の吉原の遊女

明治時代の吉原の遊女

もとは、人形町にあった吉原遊郭

吉原遊郭は明暦3年(1657)、人形町より浅草の北へ移転してきたことから、その歴史が始まりました。
そもそも人形町にあった頃は、大物の商人として「親父(おやじ)」との愛称で親しまれていた庄司甚右衛門(甚左衛門)が代表となり、幕府非公認の「岡場所」を一カ所にまとめて「(元)吉原」として幕府の認可を得たことから発展します。

しかし江戸の街の拡大と共に人形町が徐々に街中になっていったため、明暦2年(1656)江戸幕府より移転の命令が下り、翌年浅草の地への移転がなされました。
「戸火事図巻」

「戸火事図巻」

「明暦の大火」を描いたもの。
ちょうど同年に江戸城天守をも焼いた「明暦の大火」が江戸を襲い、(元)吉原も灰燼に帰してしまったことが、大きなきっかけの一つともなっています。

※(元)吉原という名前は移転した後の吉原に対しての名前ですので、当初は「吉原」遊郭でした。

街の形が見事に引き継がれた吉原

江戸時代の吉原

江戸時代の吉原

江戸後期の古地図より。
via 国立国会図書館蔵
現代の吉原

現代の吉原

国土地理院の地図より。古地図にある吉原遊廓と、現代の千束4丁目付近の区画が重なります。
人形町の(元)吉原は一部の濠の跡を除いてほとんど形跡がなくなってしまいましたが、移転後の吉原の方は見事にその街の形が今に引き継がれています。

当時の区画や名前がそのまま残る

吉原大門の交差点

吉原大門の交差点

唯一の出入口であった「吉原大門(よしわらおおもん)」が、交差点名としても残っています。
via 写真提供:岡田英之
吉原大門交差点の脇にある「見返り柳」

吉原大門交差点の脇にある「見返り柳」

新しい樹ではありますが、遊郭で遊んだ人が名残惜しく振りかえったという場所で、今でも残されています。
via 写真提供:岡田英之
また、中が見通せない様に、さらに出入りを管理するために大きくクランク状になっている特徴的な道も、現在もその形がそのまま残されています。
吉原大門からのクランク

吉原大門からのクランク

奥が見えないよう、S字カーブになっているのも当時のまま。
via 写真提供:岡田英之
吉原大門の跡や周囲を囲んでいた濠、「おはぐろどぶ」も、道などとして残されています。
また仲之町通り、揚場通り、江戸町通り、京町通りなどのそれぞれの通りもそのまま現在に受け継がれていて、遊郭の賑わいと喧騒が感じられそうな雰囲気です。
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岡田英之

岡田英之

おかだひでゆき。1977年、神奈川県生まれ。株式会社歩き旅応援舎での古地図散歩や、SNSを活用した博物館散歩、鎌倉散歩といった街歩きなどのガイドを務める。特に、歴史ある「場所」「モノ」に対する、専門用語を使わない、わかりやすい解説を得意としている。テレビ朝日系列「羽鳥慎一のモーニングショー」のコーナー、「良純未来図」や、BS朝日の「テイバン・タイムズ」に歴史案内人として複数回出演。著書に『東京街かど タイムトリップ』(河出書房新社)がある。 公式

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