【薩長同盟の立役者!?】中岡慎太郎と陸援隊ゆかりの地
2018年8月28日 更新

【薩長同盟の立役者!?】中岡慎太郎と陸援隊ゆかりの地

慶応3年(1867)11月15日、京都の近江屋で坂本龍馬とともに襲われた中岡慎太郎は、その2日後の11月17日に亡くなります。龍馬の活躍の陰に隠れがちな慎太郎ですが、薩長同盟が盟約したのは彼の働きがあってこそとも言われています。今回は中岡慎太郎の生涯を追うともに、彼が結成した陸援隊とそのゆかりの地をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

中岡慎太郎

中岡慎太郎

中岡慎太郎の生誕地・高知県安芸郡北川村

慎太郎は天保9年(1838)4月13日、土佐藩安芸郡の大庄屋の長男として生まれました。幼少期から頭が良く、4歳から松林寺で勉強を始め、14歳の頃には塾で先生の代役を務めるほどだったとか。
その後、安政4年(1857)に、武市半平太の道場で剣術を学び始め、さらには半平太を追って江戸へと赴きます。
しかしそんな慎太郎に、父親の死という突然の訃報が届きます。慎太郎はすぐに土佐へと戻り、実家を継ぐことになるのです。実家とはいえ、一度は定職についていたんですね。
中岡慎太郎生家

中岡慎太郎生家

via 写真提供:(公財)高知県観光コンベンション協会
まるで今でも住んでいるかのような再現度

まるで今でも住んでいるかのような再現度

慎太郎の生誕地である、高知県安芸郡北川村柏木には、生家跡や中岡慎太郎館、慎太郎の遺髪が埋葬されている松林寺があります。

中岡慎太郎生家は、昭和42年に発見された中岡家の見取り図をもとに復元されました。
庄屋の家には必ずあるという勘定の間、庭に面した式台、次の間があり、客間は公の間として、その他の奥の間を生活の場として使っていたようです。
中岡慎太郎館

中岡慎太郎館

via 写真提供:(公財)高知県観光コンベンション協会
その近くにある中岡慎太郎館では、慎太郎の生涯を映像とパネルで再現、慎太郎が愛用したといわれる硯箱や裃、陸援隊の書状など貴重な資料が展示されています。
また、慎太郎が4歳から学んでいたという松林寺は、明治4年(1871)の廃仏毀釈により廃寺となり現在は山門だけが残っています。
境内には中岡慎太郎遺髪墓地がありますよ。

ゆずの生産にも貢献していた?

北川村にある中岡慎太郎像

北川村にある中岡慎太郎像

via 写真提供:(公財)高知県観光コンベンション協会
ゆずの名産地でもある北川村。毎年ゆずの収穫期である11月の第2日曜には「中岡慎太郎とゆず祭り」が開催されています。
メイン会場となる中岡慎太郎館前では、ゆずの早食い競争や、北川村と中岡慎太郎にまつわるクイズ大会、ゆず製品の販売など、様々なイベントが行われ、遠くから足を運ぶ人も多く、地元の人とともにお祭りを楽しんでいます。

「民が安定した生活を送れてこそ、国が成り立つ」と考えていた慎太郎は、民のために奔走し、当時高値で売れたゆずの栽培を始めました。しかし、慎太郎のそうした働きはなかなか表に出ることがなく、ゆずの栽培もまた、当時はそれほど大きくならなかったそうです。

時が経ち、昭和40年頃になって、北川村では再びゆずの栽培に力が入れられるようになり、様々な取り組みが行われるようになりました。そして今では、県内3位を誇るゆずの名産地になったそうです。地元でも民のために奔走していた慎太郎の努力が結実したのですから、地元で愛されないわけがありません。

北川村までのアクセスは、高知駅より土佐くろしお鉄道阿佐線(ごめん・なはり線)で約40分、奈半利駅に向かいます。そこから川村営バスで約20分です。車なら高知市街から約1時間40分、高知空港から約2時間です。
ここまでは少し遠いですが、生家跡、中岡慎太郎館、松林寺は近いので短時間で回れますよ。
こちらは室戸岬の最南端にある中岡慎太郎像

こちらは室戸岬の最南端にある中岡慎太郎像

via 写真提供:(公財)高知県観光コンベンション協会
そして奈半利駅よりさらに車で約50分、室戸岬の最南端に中岡慎太郎の銅像があります。
桂浜の坂本龍馬像に対して、地元住民の募金により、昭和10年4月に完成したものです。銅像とともに岬に立って、遠く海の向こうを見つめれば、幕末志士たちの気持ちに近づけるかもしれません。
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