人口の約1割を占める!?「藤原氏」の歴史とゆかりの地
2018年3月19日 更新

人口の約1割を占める!?「藤原氏」の歴史とゆかりの地

藤原氏の歴史は、大化の改新で功績を残した中臣鎌足が、天智天皇から「藤原」の氏(うじ)を授かったことに始まります。平安時代は、朝廷の最高位である「摂政」「関白」となり、摂関政治を行うなど、不動の地位を築きます。武士の台頭により力は衰えますが、ブランド力は衰えず、戦国時代はあの織田信長も藤原氏を名乗っていたそうです。今回はそんな藤原氏の歴史とゆかりの地を紹介します。全人口の約1割を占めると言われる、藤原さん&○藤さんは必見です!

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

「藤原氏」の祖、藤原鎌足

藤原鎌足

藤原鎌足

中大兄皇子(天智天皇)とともに乙巳(いっし)の変から大化の改新までの諸改革で活躍した中臣鎌足(藤原鎌足)。その後、鎌足の病が重いことを知った天智天皇は、それまでの功績をたたえ、「藤原」という氏(うじ)と朝臣(あそん)という姓(かばね)を与えたとされます。
(ちなみにこの姓は、天皇から有力な氏族に与えられた、朝廷との関係・地位を示す称号で、姓名の姓とは違うものになります)。
その翌日の天智天皇8年(669)10月16日、鎌足は亡くなります。

藤原の名は鎌足の生地・大和国高市郡藤原(のちの藤原京、現在の橿原市)にちなんでいるそうです。

紅葉の名所!藤原鎌足ゆかりの神社・談山神社(奈良県桜井市)

談山神社 十三重塔

談山神社 十三重塔

藤原鎌足が御祭神の神社。名前の由来は、中大兄皇子と中臣鎌足が、大化元年(645)5月に大化の改新の談合をこの地で行い、後に「談い山(かたらいやま)」「談所ヶ森」と呼んだことからとされます。

鎌足の長男で僧の定恵が、唐からの帰国後、父の墓をこの地に移し、十三重塔を造立したのが発祥です。天武天皇9年(680)に講堂(現在の拝殿)が創建されました。

当時は妙楽寺という名前のお寺でしたが、明治2年(1869)の神仏分離令により僧徒が還俗し、談山神社と改称されます。今でも仏教建築が見られる貴重な神社となっています。

談山神社 拝殿

談山神社 拝殿

11/10〜26までライトアップ開催!

談山神社は奈良随一の紅葉の名所としても有名で、11月3日(金・祝)には、法興寺の蹴鞠会(けまりえ)にて中大兄皇子と初めて会い、大化の改新の発端となったことにちなんで行われる「けまり祭」も開催され、多くの観光客でにぎわいます。

さらに、11月10日(金)~26日(日)までライトアップも開催(最終受付は18時30分、閉門時間は19時)。昼間の荘厳な雰囲気とはまた違った姿が堪能できます。

今が一番いい時期の談山神社、行かれるかたは防寒対策も忘れずにお出かけください!

氏の名門「源平藤橘」

藤原氏の他に有名だった氏に、源氏・平氏・橘氏があり、「源平藤橘」(げんぺいとうきつ)とも言われます。

清和源氏の子孫と称した清和源氏は、いくつかに分かれて地方武士として繁栄。その一人が源頼朝です。

桓武天皇の孫と曽孫を租とする平氏。孫の高棟王が平高棟になって公家平氏になり、子孫の平時忠が朝廷で活躍しますが、壇ノ浦で滅亡してしまいます。また、曽孫の高望王は武家平氏となり関東各地で繁栄。特に伊勢平氏が発展し、その子孫があの平清盛です。

橘氏は敏達天皇の子孫で、一時は朝廷の実権を握りますが、藤原氏に阻まれ、一族の多くは地方に逃れました。

日本人の系譜を遡ればほとんどが「源平藤橘」に行き着く……なんていうことも言われていますが、「源平藤橘」の他にも菅原氏や蘇我氏、安倍氏など様々な氏があることや、家系図を粉飾するために祖先を偽称することもあったため、一概には言えないのが現状です。

織田信長も名門のブランド力にあやかろうとした?

織田信長

織田信長

via 東京大学史料編纂所蔵
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