江戸時代、銀座は庶民の街だった!?【古地図と巡る江戸街並み探訪:第1回】
2018年7月6日 更新

江戸時代、銀座は庶民の街だった!?【古地図と巡る江戸街並み探訪:第1回】

現在、世界中の高級店や老舗が立ち並ぶ、押しも押されもせぬ繁華街として栄える銀座、東京の象徴の一つにもなっている為か、最近は外国人観光客もかなり増えてきました。そんな街を、江戸時代からの姿を古地図から見ていくと、意外な発見が現われます。今回は、そんな銀座の歴史と魅力をご紹介していきたいと思います。

岡田英之岡田英之

銀座という土地の歴史

銀座のあたりは、16世紀の終わりに徳川家康が江戸の地を豊臣秀吉によって与えられるまで、北から南に江戸湾に突き出た「半島」になっていました。「江戸前島」と言いましたが、徳川家康が江戸に来てまず埋め立てたのが、霞が関の東側から日比谷一帯、今の江戸城中心部を経て、北は御茶ノ水近くまで伸びた入り江でした。
銀座の立地は、古来より、漁業などを中心にした人の営みがあったと考えられる土地なのです。それが、17世紀に徳川幕府による江戸時代が始まると、急速に発展していくこととなりました。
国土地理院による現在の銀座周辺の地図

国土地理院による現在の銀座周辺の地図

via 出典:国土地理院ウェブサイト
国土地理院による現在の銀座の拡大図

国土地理院による現在の銀座の拡大図

via 出典:国土地理院ウェブサイト
赤丸周辺が今の銀座。区画がそのままであることがわかる。

赤丸周辺が今の銀座。区画がそのままであることがわかる。

via 国立国会図書館デジタルコレクション

「橋」のつく場所の由来

銀座周辺には、「橋」の名前がつく交差点などが多数存在しています。
北側の京橋、南側の新橋、西側の数寄屋橋・・・よく考えてみると川も無いのに橋の名前が多いのです。これらは、江戸時代の古地図を見ると明白となります。

実は、このあたりにはたくさんの「水路」が通り、その水路に架かっていた橋が、交差点などになっているのです。水路は、当時の有力な輸送手段であった舟の往来の為のもので、このあたりが物流の盛んであった場所と判断することができるのです。

また、銀座界隈発展の理由の一つが、日本橋を起点として京橋、新橋を経由して南側へ伸びる「東海道」にもありました。
当時の外濠は幹線道路、水路は道路として残っている。

当時の外濠は幹線道路、水路は道路として残っている。

via 国立国会図書館デジタルコレクション
銀座三越9階に祀られている出世地蔵(真ん中の祠)

銀座三越9階に祀られている出世地蔵(真ん中の祠)

今の銀座三越の9階、屋上部分には「出世地蔵」と呼ばれる地蔵が祀られていますが、この地蔵は、銀座の東側を通っていた水路、「三十間掘」から掘り出されたと伝えられます。
via 撮影:岡田英之
銀座の三十間掘。幅が三十間(約55m)ほどもあった。

銀座の三十間掘。幅が三十間(約55m)ほどもあった。

via 国立国会図書館デジタルコレクション
特に、数寄屋橋、そして、そこからやや北に位置する鍛冶橋や呉服橋のところには、江戸城の「外濠」が掘られており、街の区分けと江戸城の護りを担っていました。

外濠には、それぞれに「城門」(古地図で四角く区画されている場所)が設けられ、外濠の内側(西側)が江戸城郭であったことがよくわかる構造になっています。その外濠の外側(東側)に広がった地域が、銀座となっているのです。
銀座の東側にあった江戸城外濠。

銀座の東側にあった江戸城外濠。

via 国立国会図書館デジタルコレクション
残念ながら、この場所の外濠と水路は、今は埋め立てられてしまっていますが、その跡にはしっかり道が通されており、それをたどることも可能です。

実は庶民の街だった銀座

厳密にいえば、江戸城外濠の内側は「江戸城内」、外側は「江戸城外」になっていました。
基本的には、城内には大名を中心とした広大な「武家屋敷」が主に置かれ、城外には過密な「町人地」が整備されていたのです。

現在でも、外濠の内側(巨大ビルの立ち並ぶ丸の内周辺)と外側(比較的小さなビルに店舗が多数入る銀座周辺)では、街並みに大きな違いがあります。逆にいえば、江戸時代の街並みが、現代にも通じているともいうことができます。
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岡田英之

岡田英之

おかだひでゆき。1977年、神奈川県生まれ。株式会社歩き旅応援舎での古地図散歩や、SNSを活用した博物館散歩、鎌倉散歩といった街歩きなどのガイドを務める。特に、歴史ある「場所」「モノ」に対する、専門用語を使わない、わかりやすい解説を得意としている。テレビ朝日系列「羽鳥慎一のモーニングショー」のコーナー、「良純未来図」や、BS朝日の「テイバン・タイムズ」に歴史案内人として複数回出演。著書に『東京街かど タイムトリップ』(河出書房新社)がある。 公式

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