宮殿からレトロな洋館まで!東京にある明治の近代建築5選
2018年6月5日 更新

宮殿からレトロな洋館まで!東京にある明治の近代建築5選

明治時代、文明開化とともに近代化が始まった東京。イギリス建築家のジョサイア・コンドルらお雇い外国人によってさまざまな建築様式が伝えられてから、東京にはいくつもの近代建築が建てられました。今回は今も残る近代洋風建築の中から明治時代に建てられたものを5つ厳選してご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

今回紹介する東京にある明治建築はこちら

・明治42年竣工:白亜の宮殿建築「迎賓館赤坂離宮」(港区)

・明治28年竣工:赤レンガが目印の「法務省旧本館」(千代田区)

・明治39年竣工:明治と昭和が融合した「国立国会図書館国際子ども図書館」(台東区)

・明治35年竣工:本人が設計したといわれる「旧乃木邸」(港区)

・明治40年竣工:都内でも貴重な木造建築「雑司が谷旧宣教師館」(豊島区)

明治42年竣工:白亜の宮殿建築「迎賓館赤坂離宮」(港区)

正面玄関の屋根飾りには鎧武者が!

正面玄関の屋根飾りには鎧武者が!

世界各国からの賓客を迎える「迎賓館赤坂離宮」。
平成28年(2016)に一般公開されるようになって以降、たくさんの人が訪れています。

もとは皇太子の住まう東宮御所として明治42年(1909)に建設されました。
設計は、鹿鳴館などの設計で知られるジョサイア・コンドルが教えた最初の学生のひとり・片山東熊です。
正門だけでもこの迫力・・・!

正門だけでもこの迫力・・・!

建築や美術、工芸に至るまで、明治期の総力を結集した宮殿は、当時の近代洋風建築の最高峰ともいわれています。
迎賓館となったのは昭和49年(1976)。イタリア産の白い大理石を使った玄関ホールや、条約や協定の調印式に使われる「彩鸞(さいらん)の間」など、眩しいまでの空間が広がっています。
全面砂利敷きの「主庭」では、見事な噴水を見ることができます。

全面砂利敷きの「主庭」では、見事な噴水を見ることができます。

迎賓館赤坂離宮の見学は内閣府のホームページから事前予約できるほか、事前予約なしの当日受付でも参観できます。
開館時間:午前10時〜午後5時
休館日:水曜(祝日の場合は開館、翌平日閉館)

明治28年竣工:赤レンガが目印の「法務省旧本館」(千代田区)

法務省旧本館

法務省旧本館

上杉家の江戸藩邸の上屋敷跡に建つ赤レンガの建物。戦国ファンなら一度は見たことがあるのでは?
こちらは明治28年(1895)に司法省として建てられたもの。設計はドイツ人建築家のヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンです。

昭和20年(1945)、戦災のためレンガ壁と床を残して焼失。一度は瓦屋根になりますが、平成6年(1994)創建当時の姿に復元されました。
急勾配の屋根と四隅の存在感ある装飾が特徴です。現在は一部が法務史料展示室として公開されています。
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