伊藤博文や大隈重信らの邸宅が限定公開!明治記念大磯庭園【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第25回】
2018年11月28日 更新

伊藤博文や大隈重信らの邸宅が限定公開!明治記念大磯庭園【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第25回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する連載。第25回は特別編!明治150年記念で期間限定公開中の『明治記念大磯庭園』へ。神奈川県の大磯は、幕末から明治期の中心となった伊藤博文や大隈重信たちの邸宅があったゆかりの地。伊藤たちが過ごし「政界の奥座敷」と呼ばれた歴史的建造物をご紹介します。

小栗さくら小栗さくら

庭から見た富士の間

庭から見た富士の間

人との交流が大好きだった大隈は、富士の間でよく宴を開いていたそうです。
via 提供:小栗さくら
神代の間と和室

神代の間と和室

神代の間は、大隈の書斎として使われていた部屋。奥の蚊帳が吊ってある部屋は寝室としても使っていたようです。

爆弾による襲撃で右足を失っていた大隈のため、暖かに過ごせるようにと、神代の間には暖炉があったのだとか。
神代の間から見る庭

神代の間から見る庭

装飾が多いお邸ではないのですが、欄間や窓の木枠など細かなところに粋さが感じられます。ガラス窓も昔の製法のため微かな歪みがあり、レトロ感が味わえますよ。

旧陸奥宗光別邸

玄関には「聴漁荘」と書かれた額がかかっている。「漁の声...

玄関には「聴漁荘」と書かれた額がかかっている。「漁の声を聴く荘」という意味なのだそう。

大隈邸から果樹園をはさんでお隣にあるのは、「カミソリ大臣」の異称で知られる陸奥宗光の別邸です。結核だった陸奥が療養するために作られたといわれています。
数寄屋造りの落ち着いた雰囲気がとても素敵ですが、伊藤の邸同様、この邸も関東大震災により一部が倒壊し、改築されて原型を残すようになったと言われています。
陸奥が使った居室

陸奥が使った居室

日清戦争の備忘録「蹇蹇録(けんけんろく)」は、陸奥が療養中に大磯で作成したものです。療養中も戦後処理が多忙だったそうですが、たまには庭を眺めてゆったりした時間を過ごすこともあったのでしょうか。
陸奥の次男・潤吉は、古河財閥創始者の古河市兵衛の養子となりました。そのためこの別邸は古河家へ譲渡され、また大隈重信邸も古河家へ譲渡されているため、陸奥邸は古河家別邸「東館」、大隈邸は古河家別邸「西館」とも呼ばれます。
2つの邸は、長らく古河電気工業株式会社の所有となり、丁寧に手入れされてきました。
浴室には当時のシャワーも!

浴室には当時のシャワーも!

浴室には現代風のシャワーのほか、当時から使われていたというシャワーもあります。浴室を含め、建物全体から木のぬくもりを感じられる理想のお邸です。

「政界の奥座敷」偉人達が愛したまち・大磯

大磯には、伊藤・大隈・陸奥のほか、大磯を開発した松本良順や、山縣有朋・西園寺公望・原敬など政界人の別荘が多くありました。
大隈邸の西側にあった鍋島邸のように、現在はマンションなどに変わっている場所もありますが、大磯には邸を建てた政治家だけでなく、その人を訪ねた政財界の人も多くいたことでしょう。大磯はまさに「政界の奥座敷」。明治日本を作った人々が愛した場所を、ぜひ皆さんも訪れてみてくださいね。

明治記念大磯邸園

今回紹介した旧大隈重信邸・旧陸奥宗光邸の建物内および旧伊藤博文邸(滄浪閣)の外観は、ガイドツアーの申し込みが必要となります。残念ながら、会期中の予約申込は締め切りとなったとのことですが、旧陸奥宗光邸の日本庭園などは予約なしでもご覧いただけます。
また、当日のキャンセル待ち等につきましては、下記までお問い合わせください。
 (25910)

期間:2018年10月23日(火)〜12月24日(月)
会場:明治記念大磯邸園(神奈川県中郡大磯町西小磯85ほか)
開園時間:9時~16時30分 ※最終入園は16時まで。
休園日:水曜日(ただし、12月2日(日)は湘南国際マラソンのため休園)
入園料:無料

<公開内容>
・庭園観覧…屋外の公開エリアにつき会期中は自由に観覧できます。
・邸宅観覧…事前申し込み制、ガイドツアー形式にて観覧可能。
※詳細は『明治記念大磯邸園』明治150年記念公開公式サイトからご確認ください。

【事前予約に関する問合せ】
TEL: 050-8882-0344 月~金(土・日・祝日を除く)9:00-17:00
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小栗さくら

小栗さくら

中学生時代に司馬遼太郎氏の『燃えよ剣』を読んで以来、歴史に興味を持つ。 駒澤大学歴史学科卒業と同時に博物館学芸員資格を取得。 現在『歴史タレント』として、TVやCMに出演。また、イベント司会、講演会、コラム執筆と幅広く活躍中。 諏訪市公認キャラクター・諏訪姫の声優も務めている。 タレント活動と並行し「さくらゆき」というアーティスト名で歴史をテーマにした楽曲の発信、ライブ等を行っている『歴史系アーティスト』でもある。 公式

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