ハニワや銅鏡だけじゃない【古墳のキホン】副葬品について:野毛大塚古墳
2017年10月19日 更新

ハニワや銅鏡だけじゃない【古墳のキホン】副葬品について:野毛大塚古墳

おすすめの古墳とともに、古墳の基本的な知識を紹介する「古墳のキホン」。今回は、近年、副葬品が重要文化財に指定された野毛大塚古墳(東京都世田谷区)を中心に、副葬品の種類とその役割をご紹介します。副葬品として埴輪や銅鏡が有名ですが、ほかにもいろいろな種類があり、埋葬者の地位や地域によって違いがあります。また、10月15日(日)に開催された「第10回野毛古墳まつり」のレポートもお届け!

みのうち社みのうち社

出土した副葬品が2年連続で重要文化財に!!

野毛大塚古墳から出土された副葬品は2016年に世田谷区所蔵のものが、その翌年の2017年に東京国立博物館所蔵のものが重要文化財に指定されています。
それにともない、東京国立博物館にて2017年7月11日から約2ヶ月間、特集展示され副葬品を間近でみることができました。

まずは野毛大塚古墳(東京都指定史跡)をご紹介

野毛大塚古墳は5世紀前半につくられた、全長82メートル、高さ10メートルの帆立貝形古墳(帆立貝式古墳とも)です。
帆立貝形古墳は前方後円墳の前方部分が短い、まさに貝のような形の古墳。そのまわりを幅13メートルの周濠(堀)で囲まれています。
埋葬者の特定はできませんが、出土したものから多摩川左岸一帯の有力者だと推測されます。
上空からみた野毛大塚古墳

上空からみた野毛大塚古墳

「第10回野毛古墳まつり」で展示されていた航空写真に文字を入れたものです。
前方部は1段、後円部は3段で構成され、祭祀用に使われていたとされる造出しがあります。
via みのうち社
地上からみた野毛大塚古墳

地上からみた野毛大塚古墳

via みのうち社

副葬品をみてみよう

野毛大塚古墳は後円部の頂上に4ヶ所の埋葬施設があり、埋葬された人が4人いたと考えられています。
明治30年、第2主体部に埋葬されたていた箱形石棺(はこがたせっかん)から、たくさんの副葬品がみつかりました。
石棺とは埋葬するときに死者をおさめる石でつくられた棺のこと。そして主体部とは埋葬施設のことです。
第1、3、4主体部から出土された副葬品は世田谷区が所蔵し、第2主体部から出土された多くを東京国立博物館が所蔵してます。
副葬品配置図

副葬品配置図

後円部の頂上にはこのような図があります。出土したものの配置がわかりやすいですね。
via みのうち社
後円部の墳丘

後円部の墳丘

手前にあるのが上記の副葬品配置図です。
さらに副葬品が出土した部分にイラストが描かれてます。
via みのうち社
後円部の墳丘

後円部の墳丘

この下からは刀が出土したようですね。
via みのうち社
刀のほかにも、祭具や土器、農工具などの模造品、鉄製の武器、アクセサリーなどの副葬品が出土しました。
それでは東京国立博物館で特集展示されたものをみてみましょう。
みのうち社 (8711)

今年の7月11日(火)から9月10日(日)まで、東京国立博物館にて企画展示「野毛大塚古墳-世田谷の中期古墳-」が開催されました。
via みのうち社
滑石製槽

滑石製槽

槽(そう)とは木製の水を濾過する施設の導水中心部のことです。
滑石製(かっせきせい)と書いてあるものは、滑石という軟らかい石で作られた模造品のことで、この場合は導水中心部の模造品ということになります。
(東京国立博物館所蔵)
via みのうち社
滑石製下駄

滑石製下駄

木製の下駄を模造したもの。下駄は濾過した水を汚さないように履いていたようです。
このような水の祭祀に関わる模造品は、豊作を祈るために使われたそう。
(東京国立博物館所蔵)
via みのうち社
36 件

この記事のキーワード

この記事のキュレーター

みのうち社

みのうち社

歴史好きなイラストレーター&ライター、デザイナー、編集者の3人組。 武将の城や偉人の史跡、神社仏閣、美術など、身近にあるものでも最大限に楽しめる「歴史エコ」な情報を発信していきたいと思います。 今後は、各種イベントや本の企画など、歴史にまつわる仕事をしていく予定です。よろしくお願いします! 公式

関連する記事 こんな記事も人気です♪

セレブのお墓!?【古墳のキホン】古墳のつくりとカタチ

セレブのお墓!?【古墳のキホン】古墳のつくりとカタチ

日本全国に約160,000基ある古墳。その数は神社の2倍、コンビニの3倍とも言われています。そんな身近にある古墳ですが、なんと1500年くらい前につくられたもの。長い年月を経て、雨水などの自然によるものや人の手による整地などで少しずつ姿を変えてはいるものの、それだけ多くの古墳が現代にも残っているなんて驚きですね。こちらでは、そんな古墳の世界をご紹介いたします。まずはそのつくりとカタチから!
【今も息づく「吉原遊郭」の光と闇】当時の街の形が引き継がれた現代の吉原を歩く

【今も息づく「吉原遊郭」の光と闇】当時の街の形が引き継がれた現代の吉原を歩く

江戸文化の象徴の一つであり、屈指の賑わいを誇った吉原。浅草の北、吉原のあった地域は、当時の道や区画が、ほぼ現代に引き継がれているのが特徴です。歴史をテーマにした街歩きガイドを務める岡田英之さんが、吉原の光と闇と共に、ゆかりの地をご案内します。
干支にちなんだ犬作品に釘付け!歴史好きモデル・加治まやが東京国立博物館に初もうで

干支にちなんだ犬作品に釘付け!歴史好きモデル・加治まやが東京国立博物館に初もうで

ただいま東京国立博物館にて、お正月の恒例企画「博物館に初もうで」が2018年1月28日(日)まで開催されています。戌(いぬ)年の今年は、干支にちなんで犬にまつわる作品を集めた特集展示「博物館に初もうで 犬と迎える新年」に、国宝など貴重な作品が見られる新春特別公開も展開。日本の美術や歴史が大好きなモデル・加治まやさんが、展覧会の見どころをご紹介します。
意外な場所に○○が!?創設者・福沢諭吉の軌跡が残る慶応義塾大学三田キャンパス

意外な場所に○○が!?創設者・福沢諭吉の軌跡が残る慶応義塾大学三田キャンパス

慶應義塾大学創設者であり、『学問のすゝめ』の著者で知られる福沢諭吉。1万円札の肖像でもおなじみですね。東京都港区にある慶應義塾大学の三田キャンパス内やその周辺には、諭吉ゆかりの地が多数あります。受験シーズンも近い今、キャンパス見学も兼ねて、探索してみませんか?
【明治を代表する洋館建築】三菱財閥3代目・岩崎久弥と旧岩崎邸庭園

【明治を代表する洋館建築】三菱財閥3代目・岩崎久弥と旧岩崎邸庭園

岩崎弥太郎の長男で三菱第3代社長の久弥の本邸として造られた旧岩崎邸庭園(東京都台東区)。特に洋館は、鹿鳴館の建築家として知られるジョサイア・コンドルの設計で、様々な様式が織り交ぜられた繊細なデザインが特徴です。また、併置された和館との巧みなバランスや別棟のビリヤード室など、見どころ満載。そんな明治を代表する貴重な建築・旧岩崎邸庭園の見どころをご紹介します!
【本当は優しかった?】「平将門の乱」と平将門ゆかりの地

【本当は優しかった?】「平将門の乱」と平将門ゆかりの地

怨霊伝説で有名な平将門。実は日本史上に大きな業績を残しています。平安時代に武士団の脅威を朝廷に知らしめて貴族の社会から武士の社会へと移行するきっかけを作り、戦国時代には当たり前の騎馬戦の始まりも将門軍だったといいます。また怨霊のイメージとはうらはらに、とても優しい人物だったようです。将門の業績と怨霊化の要因となった「平将門の乱」と、加護のパワーを持つとされる将門ゆかりの地をご案内いたしましょう。
【徳川家康最大の悲劇!?】「信康事件」と信康ゆかりの地

【徳川家康最大の悲劇!?】「信康事件」と信康ゆかりの地

天正7年(1579)8月、織田信長の命令のもと、家康が嫡男・信康を切腹させたといわれる「信康事件」。さまざまな説が唱えられる中、最近では、徳川家臣団の分裂を避けるため、家康がやむを得ず下した決断だったともいわれています。今回は、この痛ましい事件の主人公・信康に焦点をあて、短い人生の軌跡を辿りながら、ゆかりの地をご紹介します
東京で吉田松陰の最期をたどる【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第4回】

東京で吉田松陰の最期をたどる【小栗さくらがゆく!幕末維新のみち:第4回】

歴史タレント・小栗さくらが、幕末維新ゆかりの場所を旅する「小栗さくらがゆく!幕末維新のみち」。第4回は吉田松陰最期の地・江戸。思想家・教育者として、長州の志士たちに多大な影響を与えた松陰は、今でも「松陰先生」と慕われています。彼の足跡は全国にありますが、今回は松陰が命を落とした江戸に焦点をあて、その死の前後を追いたいと思います。
御朱印で巡るゆかりの地~動物モチーフ御朱印編~

御朱印で巡るゆかりの地~動物モチーフ御朱印編~

御朱印で巡るゆかりの地、今回は動物モチーフがあしらわれた御朱印をご紹介します。今ブームの猫から、稲荷神社の定番の狐、干支にもなっている犬と猿、さらには絶滅してしまった日本狼まで!東京・京都の観光がてら、動物御朱印をいただきにLet's Go!
2018年NHK時代劇で話題!『解体新書』杉田玄白ゆかりの地

2018年NHK時代劇で話題!『解体新書』杉田玄白ゆかりの地

2018年に放送されるNHK正月時代劇「風雲児たち~蘭学革命(れぼりゅうし)篇~」。三谷幸喜さんの脚本とあって、期待が高まっている人も多いのでは?今回は主人公のひとりで、享保18年(1733)9月13日に生まれた杉田玄白の生涯とゆかりの地を紹介します。『解体新書』はどのように生まれたのか?前野良沢や平賀源内との関係とは?放送前にチェック!