あの戦国武将たちも愛した!ゆかりの隠し湯で伝説と史跡を巡りたい
2017年6月26日 更新

あの戦国武将たちも愛した!ゆかりの隠し湯で伝説と史跡を巡りたい

かつて武士たちは戦いに明け暮れる日々を過ごしていました。合戦といえば怪我がつきもの。そんな武士たちの傷を癒やすために各国の領主たちが使わせたのが「隠し湯」といわれる温泉です。そんな隠し湯と周辺のゆかりの地をご案内いたします。

こまきこまき

〔下部温泉〕隠し湯といったらやっぱり【武田信玄】!

武田信玄公の銅像(甲府駅の南口)

武田信玄公の銅像(甲府駅の南口)

信玄の本拠地・甲斐にいくつもある「信玄の隠し湯」の中で、信玄直筆&花押入の「土地・浴場免許状」が伝わっているのが下部(しもべ)温泉。富士川の支流下部川沿いにある温泉です。武田軍は下部温泉で川中島合戦で受けた傷を癒やしたといいます。武田氏滅亡後は徳川家の隠し湯となりました。

文豪・井伏鱒二も下部温泉を好み何度も訪れて随筆や滞在記を記しています。また昭和36年にはスキー中に骨折した石原裕次郎が湯治療養をしたことも!湯治場の風情を残す歴史ある温泉地です。
下部温泉郷

下部温泉郷

山梨県南巨摩郡身延町下部
JR甲府駅→JR身延線・下部温泉駅よりすぐ
via 写真提供:やまなし観光推進機構
信玄の「免許状」が展示されている老舗旅館・源泉館横の鳥居をくぐり階段を上ると熊野神社があります。この熊野神社は寂れた古社となっていたのを武田二十四将の一人・穴山信君が再建したもの。怪我に良く効くという下部温泉の湯権現である熊野神社には、怪我の治癒した療養客が松葉杖を奉納する習わしがあります。

〔貝掛温泉〕秘湯好きなら【上杉謙信】ゆかりの「目の温泉」

上杉謙信

上杉謙信

貝掛(かいかけ)温泉は、新潟県南魚沼郡湯沢町にある一軒宿の温泉場。上杉謙信ゆかりの温泉です。日本三大渓谷のひとつである清津峡の上流に位置しています。
貝掛温泉

貝掛温泉

新潟県南魚沼郡湯沢町三俣686
JR越後湯沢駅よりバスまたはタクシー
貝掛温泉は、上杉謙信が小田原攻めの時に兵たちの傷と疲れを癒やさせたと伝わる温泉です。関東へ向かって三国峠を越えて行くため三国街道を通った上杉軍が、街道近くの貝掛温泉へ入ったものでしょう。メタホウ酸が多く含まれていることから「目の温泉」として知られており、眼を湯で洗う湯治ができます。
坂戸城跡

坂戸城跡

貝掛温泉の周辺には、謙信の二人の養子、景勝と景虎の跡目争いの舞台となった荒戸城跡と、景勝と直江兼続の生誕の地でもある坂戸城跡があります。貝掛温泉からは荒戸城跡まで車で約15分、坂戸城跡までは約45分ほど。急死した謙信の跡目を巡る「御館の乱」では、景勝が勝利し上杉家当主となりました。この後、景勝は秀吉の臣下となり戦国時代は後半戦に突入してゆくのです。

〔藪塚温泉〕新田義貞ゆかりの「肝臓の湯」で新田荘を満喫!

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こまき

こまき

歴史ライター。ワイルドサイドを歩くことを信条とする。『時の娘』をはじめとした歴史ミステリーに目がなく、読む→書く→読む→書くの無限ループのうちに日々を過ごす安楽椅子ライター。昼夜を分かたずラジオを流しているラジオ狂でもある。『姓氏家系歴史伝説大事典』『江戸東京魔界紀行』(共に勉誠出版)『社寺縁起伝説辞典』『横溝正史研究』(共に戎光祥出版)等々へ記事執筆多数。

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