馬に乗ったまま琵琶湖を渡る!?知られざる猛将、明智秀満とは!
2018年12月14日 更新

馬に乗ったまま琵琶湖を渡る!?知られざる猛将、明智秀満とは!

今も語り継がれる「明智左馬之助湖水渡り」伝説。かつて、1000騎を超える敵軍を前に、愛馬もろとも琵琶湖に飛び込み、見事波立つ湖面を泳ぎ切ってみせた武将がいました。彼の名は明智秀満。明智光秀の重臣であり、「生涯、光秀の他に仕えるつもりはない」と豪語する忠義の人でもありました。大河ドラマ「麒麟がくる」でも大注目間違いなし!滋賀県大津市に秀満ゆかりの地を訪ねます。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

秀吉をして「希なる侍」と言わしめた男、明智秀満

「太平記英勇伝四十九:明智左馬助光春」

「太平記英勇伝四十九:明智左馬助光春」

明智光秀の重臣、明智秀満。

光秀のいとことも娘婿とも伝えられる彼は、本能寺の変に際して、光秀からひそかに計画を打ち明けられた腹心の1人でした。勇猛果敢な人物であったとされ、本能寺の変では先鋒として明智軍を率いたとも。確かな資料として残されたものは多くありませんが、義理堅く聡明な人物として、様々な逸話が残されています。

その1つが、甲冑姿で愛馬とともに琵琶湖に飛び込み、打出浜から柳が崎まで敵前を悠々と泳いで湖を渡った、とされる「明智左馬之助湖水渡り」伝説。

果たして本当に湖を泳いで渡ることができたのか?
錦絵や講談で知られることのエピソードは、あくまで伝説。ですが、明智秀満には「彼ならもしかして……」と思わせる魅力があります。大河ドラマ「麒麟がくる」でも重要な役どころとなること間違いなし! 配役の発表が楽しみです!

「明智左馬之助湖水渡り」、今に残る伝説を追って、滋賀県大津市を訪ねてみましょう。

打出浜に立つ伝説ゆかりの碑

大津の秀満ゆかりの地では秀満ではなく光春と表記されるこ...

大津の秀満ゆかりの地では秀満ではなく光春と表記されることが多い。後世の影響かもしれないが、彼が今でも地元の人たちに愛されているようでうれしい。

via 撮影:井上雷鳥
さて、こちらが「明智左馬之助湖水渡」の碑。
 大津市の湖岸なぎさ公園内、びわ湖ホール北側の道路沿いにありますが、少し気づきにくいかもしれません。ですが、こここそ伝説ゆかりの地!

天正10(1852)年、6月2日の本能寺の変の後、秀満は光秀から安土城の守りに就くよう命じられます。「名将言行禄」によると、光秀とともに山崎で秀吉と戦うつもりでいた秀満は、光秀から安土城の番人を命じられて、「我を金の番人にするとは」とぶつくさ文句を言っていたのだとか。秀満の戦を本分とする武将としての気概はもちろん、秀満と光秀の普段の関係が感じられるようなエピソードですね。

が、山崎の戦いで主君明智光秀が討ち死にしたとの急報が届きます。その知らせを受けて、秀満は一路坂本城を目指して安土城を出立します。
現在この辺りの水深は約2.5m。当時の湖岸は内陸に20...

現在この辺りの水深は約2.5m。当時の湖岸は内陸に200mほどの位置にあり、埋め立てられた現在よりもさらに遠浅の地形であったと想像される。

via 撮影:井上雷鳥
まさに故事に曰くの「急がば回れ」を体現した明智秀満の軍勢ですが、目指す坂本城まであと5kmほどの大津市で豊臣方の武将、堀秀政の軍勢に行く手を阻まれてしまいます。その場所が、「明智左馬之助湖水渡」の碑が建つ、ここ打出浜だったと言われています。
 坂本へ到達するためには、どうしても大津の街を抜けなければなりません。しかし、大津は山と湖に東西を挟まれた南北に細長い地形をしており、そこにひしめく堀秀政の軍勢を避けて通ることはできません。秀満らは果敢に戦いを挑みますが、多勢に無勢、戦局を不利と見て、秀満はついに大胆な決断をします。

当時、琵琶湖には橋がありませんでした。まさに故事の通り、「急がば回れ」を体現した明智秀満の軍勢。目指す坂本城まであと5km、というところまで来た、現在の大津市で豊臣方の武将、堀秀政の軍勢に行く手を阻まれてしまいます。

その場所が、「明智左馬之助湖水渡」の碑が建つ、ここ打出浜。
当時の湖岸は現在よりも内側にあり、ちょうど西側の京阪京津線の辺りだったと言われています。
坂本へ到達するためには、どうしても大津の街を抜けなければなりません。しかし、大津は山と湖に東西を挟まれた南北に細長い地形。陸路ではそこに布陣している堀秀政の軍勢を避けて通ることはできません。秀満らは果敢に戦いを挑みますが、多勢に無勢、戦局を不利と見て、秀満はついに大胆な決断をします。
歌川豊宣「新撰太閤記 琵琶湖の乗切 明智左馬之介」明治...

歌川豊宣「新撰太閤記 琵琶湖の乗切 明智左馬之介」明治16(1883)年

見事!敵も見惚れる明智左馬之助湖水渡り!

陸がだめなら、湖がある!
秀満は鎧兜を着け、愛馬、大鹿毛にまたがったまま、エイヤッとばかりに琵琶湖に飛び込んだ明智秀満。
その姿に、敵の軍勢は呆気にとられました。
古来、騎馬のまま川を渡った話はあれども、まさか琵琶湖に飛び込むなどという話は聞いたことがない。これは自棄でも起こしたか、と皆で呆れて様子を眺めていたところ、なんと秀満は愛馬とともに湖を一直線に進んでゆくではありませんか。

大津に土地勘のあった秀満は湖底の地形を手に取るように理解していたと言われます。現在でも琵琶湖南部は遠浅の地形が多いことで知られ、地形を見極めることができれば、もしかすると、「湖水渡り」の伝説は不可能ではないのかもしれません。

秀政らが我に返った時には、秀満は既に打出浜の北側、柳が崎の岸に上がろうとしているところでした。
そうして秀満は、見事打出浜から柳が崎までを愛馬とともに渡り切ってみせたのです。
ともに柳が崎まで渡り切った愛馬を繋いだ「明智左馬之介駒...

ともに柳が崎まで渡り切った愛馬を繋いだ「明智左馬之介駒止松」。

秀満は愛馬のたてがみに「明智左馬助湖水を渡せし馬なり」と札を結んで別れた。
via 撮影:井上雷鳥

昭和レトロな建物も必見!優雅な雰囲気でティータイム

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