爆死だけじゃない!戦国一の梟雄・松永久秀のエッチマニュアル?
2017年12月19日 更新

爆死だけじゃない!戦国一の梟雄・松永久秀のエッチマニュアル?

斎藤道三、宇喜多直家とともに、戦国三大梟雄に数えられる松永久秀。あの織田信長を2度も裏切った(1度は許されている)スゴい奴です。最期は爆死することでも有名な久秀ですが、実は、彼は現代のSEXハウツー本ともいえる持論まで残しているんです。戦国一、腹の読めない彼が唱えるエッチマニュアルの内容を、ゆかりの地と共にご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

信長を2度も裏切り、最期は爆死!?

切腹直前、古天明平蜘蛛を叩き割る久秀

切腹直前、古天明平蜘蛛を叩き割る久秀

月岡芳年筆
松永久秀は出自不詳の人物。しかし有能な男であり、信長よりも先に事実上の天下人となった三好長慶の家宰となり重用されます。また、室町幕府13代将軍・足利義輝からも信頼されるほどでした。

長慶が没すると、三好家の家宰として実権を掌握し、ほぼ家を乗っ取った状態となります。
永禄8年(1565)には、三好家の3人の重臣「三好三人衆」と久秀の息子・久通によって、将軍義輝を暗殺する永禄の変が起きますが、久秀自身も一枚噛んでいたのではと推測されています。

その後、三好三人衆と対立し、永禄10年(1567)の東大寺大仏殿の戦いでは大仏が焼け落ちるほどの熾烈な争いを繰り広げました。
現在の東大寺の大仏

現在の東大寺の大仏

久秀らの争いによって、大仏殿と共に頭部を失った大仏さま。その後、十分な資金が集まらず、大仏は頭部を銅板で仮補修した程度にとどまり、長い間雨風にさらされ続けていたそう。約150年後の宝永6年(1709)にようやく大仏殿が完成し、現在の寺院構成になりました。
やがて、織田信長が勢力を拡大してくると、あっさりと臣従。一度は信長を裏切り挙兵しますが、敗戦後なぜか許されています。

しかし再び久秀は信長を裏切り、石山本願寺攻めの最中に突如撤退し、居城・信貴山城に立て籠もりました。信長すら戸惑い、理由を問いただすも、久秀は答えることはなく、50日間の籠城の末、天守に火を放ち自害しました。

名茶器「古天明平蜘蛛」を差し出せば許すと信長に言われたそうですが、久秀は嘲笑うかのようにそれを叩き割り、仕込んでいた火薬もろとも爆死したとも言われています。

松永久秀ゆかりの地・信貴山城

頂上より少し下がった場所にある「信貴山城址」碑

頂上より少し下がった場所にある「信貴山城址」碑

近鉄信貴線「信貴山口駅」から西信貴ケーブルで「高安山駅」下車、バスで「信貴山門」下車。
久秀の居城であり、終焉の地でもある信貴山城は、奈良県平群町にある標高443mの信貴山・雄嶽の頂上にありました。
現在も110以上を超える曲輪や空堀、土塁などがそのまま残されています。
朝護孫子寺

朝護孫子寺

バス停「信貴山門」から徒歩10分で、聖徳太子が創建したと言われる朝護孫子寺があります。
そこから、信貴山城の主郭で最高峰である空鉢護法堂までは、徒歩約30分です。登りになるので、動きやすい服装と、山靴かスニーカーがおすすめです。
頂上にある空鉢護法堂

頂上にある空鉢護法堂

4層もの天守が建てられていたとされる本丸跡

4層もの天守が建てられていたとされる本丸跡

主郭にある本丸跡には4層の天守が建てられていたといわれていますが、定かではありません。
登るのは少し大変ですが、頂上からの眺めは絶景!久秀は景色を見渡したことでしょう。そして大きな野望を胸の内に育て、やがて散って行ったわけです…。
久秀も眺めたかもしれない、山頂からの眺め

久秀も眺めたかもしれない、山頂からの眺め

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