明治期の外交に尽力した「カミソリ大臣」陸奥宗光、その辣腕とゆかりの地
2018年8月24日 更新

明治期の外交に尽力した「カミソリ大臣」陸奥宗光、その辣腕とゆかりの地

「カミソリ大臣」と呼ばれた外務大臣・陸奥宗光。その辣腕ぶりは坂本龍馬にも評価され、日本の外交の先頭で不平等条約の改正などに奔走しました。「鹿鳴館の華」と呼ばれた美貌をもつ妻・亮子ら家族と過ごした邸宅など、宗光ゆかりの地とともに、彼の外交エピソードをご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

紀州藩士の家に生まれるも脱藩

若き日の陸奥宗光

若き日の陸奥宗光

若い頃はこんな格好をしていたようです(笑)
天保15(1844)年、紀州藩士の家に生まれた宗光は、国学者の父の影響で尊皇攘夷思想に触れました。しかし父が失脚したため、宗光は脱藩し江戸で学び、やがて坂本龍馬や桂小五郎、伊藤博文らと交流を持つようになりました。

特に坂本龍馬からは大きな影響を受け、宗光は勝海舟の神戸海軍操練所に入所し、海援隊にも入ります。こうした偉人のそばで、本来聡明な宗光の才能は開花し、武芸よりも交渉事に秀でた存在となりました。龍馬は「刀を二本差さなくても食っていけるのは、俺と陸奥だけ」と評しています。

投獄と政界復帰、外務大臣就任

新政府参加当初は地租改正局長などを歴任した

新政府参加当初は地租改正局長などを歴任した

via 国立国会図書館デジタルコレクション
新政府に参加した宗光ですが、当初の政府内は薩長が幅を利かせる藩閥政治がまかり通っていました。それに憤った宗光は下野し、西南戦争に乗じて挙兵を企てた土佐の立志社一派と連絡を取っていたところを咎められて投獄。禁固5年の刑となりました。

しかし、彼を高く評価していた伊藤博文によって、出獄後はヨーロッパに留学し、ロンドンで先進的な政治社会を学ぶことができました。
このことが大きな転機となり、帰国後は政界に復帰し、第二次伊藤内閣では外務大臣に就任したのです。

宗光が本腰を入れて取り組んだのは、江戸末期に幕府が結んだ外国との不平等条約の撤廃でした。粘り強く交渉に臨んだ宗光は、明治27(1894)年にイギリスとの間で治外法権撤廃に成功すると、最終的には15ヶ国すべてとの治外法権撤廃を取り付けることとなりました。

「政治はアートなり、サイエンスにあらず」by陸奥宗光

新訂 蹇蹇録―日清戦争外交秘録 (岩波文庫) | 陸奥 宗光(著), 中塚 明(編さん)

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宗光が執筆した明治期の外交記録「蹇々録(けんけんろく)」。
日清戦争(1894‐95)の時の日本外交の全容を述べた、当時の外務大臣=陸奥宗光(1844‐97)の回想録。新たに草稿をはじめ推敲の過程で刊行された諸刊本との異同を綿密に校訂、校注と解説で本書の成立経緯を初めて明らかにした。表題は、「蹇蹇匪躬」(心身を労し、全力を尽して君主に仕える意)という『易経』の言葉による。
日清戦争後の下関条約で日本有利の条件をつけることに成功した宗光は、「政治はアートなり、サイエンスにあらず」と書き残しています。うまい政治を行い、人心をうまく治めるなら、学があって世の中に広く通じていなければならないとのこと。その通り、頭脳明晰で広い視野を持っていた彼は、外国相手の交渉でも電光石火の立ち回りを演じたといい、その切れ者ぶりで「カミソリ大臣」と呼ばれるようになったのでした。その裏側には、うまく彼を使えなければケガをするという意味合いも込められていたようです。

その功績を讃え、外務省の敷地内には銅像も建立されています。(残念ながら敷地内は関係者以外立ち入り禁止)

都内に残る宗光の邸宅

宗光が亡くなったのは、旧古河庭園(東京都北区)にあった別邸でしたが、彼が雌伏の時期を過ごした邸宅が都内に現存しています。

別名ホワイトハウス!?旧陸奥宗光邸(台東区根岸)

旧陸奥宗光別邸:居住者がいらっしゃるので外から静かにご...

旧陸奥宗光別邸:居住者がいらっしゃるので外から静かにご覧ください。

台東区根岸にある旧陸奥宗光邸は、宗光の留学中に妻子が住み、帰国後は彼も住んだといいます。
蔦が絡まる白い洋館は、住宅用建築として建てられた洋館の現存例として都内で最も古いもののひとつとされ、その見た目から地元では「ホワイトハウス」と呼ばれているそうですよ。

明治21(1888)年、借金返済と息子の留学費用のため売却され、その後は「ちりめん本」を出版していた長谷川武次郎が買い取りました。
現在はそのご子孫が住んでおり、建物内への立ち入りはできませんが、手すりの柱には陸奥家の家紋「逆さ牡丹」が彫られているのだとか。
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