日光、上野、久能山…全国の東照宮の御朱印で巡る徳川家康ゆかりの地
2018年5月25日 更新

日光、上野、久能山…全国の東照宮の御朱印で巡る徳川家康ゆかりの地

江戸幕府初代将軍・徳川家康を「神」として祀る日光東照宮。日光だけでなく、家康公を祀っている東照宮は実は全国にたくさんあります。そこで今回は徳川家康ゆかりの地・東照宮でいただける御朱印を厳選してピックアップしました!

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そもそも東照宮って?

東照大権現こと徳川家康公

東照大権現こと徳川家康公

東照宮とは、徳川家康公(東照大権現)を神として祀った神社。天下人・家康の武功にあやかり、出世や勝利にご利益があります。そして家康といえば健康オタク。誰よりも長く生き、天下太平を成し遂げたことから、健康長寿にもご利益があると言われています。
世界遺産にもなってる日光東照宮を筆頭に、東照宮は全国に存在し、人々の健康と繁栄を見守っているのです。

世界遺産の風格 日光東照宮

日光東照宮の陽明門(写真は改修前)

日光東照宮の陽明門(写真は改修前)

via みのうち社
言わずと知れた世界遺産日光東照宮。平成の大改修により、陽明門が鮮やかに蘇りました。

家康は元和2年(1616)に亡くなるとすぐに久能山に埋葬され、その後遺言により日光に改葬されました。日光は江戸からみると鬼門の方角にあります。一説によると、家康は自ら神となり、江戸を護るため日光に鎮座したのだと言われています。

日光東照宮は徳川二代将軍の秀忠が元和3年4月17日に久能山から正遷宮し、その後寛永13年(1636)に三代将軍家光が造替し、現代に至っています。
神厩舎の三猿

神厩舎の三猿

via みのうち社
日光の見どころのひとつ、神厩舎の三猿。

神厩舎には8面にわたり猿の彫刻が刻まれています。その中でも有名なのが「見ざる言わざる聞かざる」の三猿。猿は馬の病気を治したり世話をする守り神であると言われています。
眠り猫

眠り猫

via みのうち社
超がつくほど有名な彫刻・眠り猫です。江戸初期の彫刻職人・左甚五郎によって作られました。日光東照宮の彫刻は先ほどの三猿のようにほとんどが作者不明なので、眠り猫は稀なケース。それにしてもいい眠りっぷりです。
日光東照宮の御朱印

日光東照宮の御朱印

via みのうち社
右上に葵の御紋が押され、THE徳川家といった様相の御朱印。文字に力強さを感じます。平成の大修理が終わり、右下にその記念の朱印も押されるようになりました。混雑時はかなりの行列になるので時間に余裕をもっていきましょう。また、日光東照宮の近くには二荒山神社や輪王寺などの寺社もあるので、そちらもぜひ詣でてみてはいかがでしょうか。

都会に佇む上野東照宮

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歴史好きなイラストレーター&ライター、デザイナー、編集者の3人組。 武将の城や偉人の史跡、神社仏閣、美術など、身近にあるものでも最大限に楽しめる「歴史エコ」な情報を発信していきたいと思います。 今後は、各種イベントや本の企画など、歴史にまつわる仕事をしていく予定です。よろしくお願いします! 公式

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