直正公の写真が14年ぶりに公開!幕末明治の鍋島家が分かる徴古館【肥前さが幕末維新博覧会レポ③】
2018年5月29日 更新

直正公の写真が14年ぶりに公開!幕末明治の鍋島家が分かる徴古館【肥前さが幕末維新博覧会レポ③】

佐賀県で開催中の「肥前さが幕末維新博覧会」レポート第3弾は、鍋島家ゆかりの品々の貴重な現物が展示されている徴古館。大名から華族(侯爵)となった、幕末から明治にかけての鍋島家の歴史を紹介する特別企画展『幕末明治の鍋島家 大名から侯爵へ』展をレポートします。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

特別展「幕末明治の鍋島家 ―大名から侯爵へ」開催中

鍋島家ゆかりの品が展示されている徴古館

鍋島家ゆかりの品が展示されている徴古館

via 写真提供:公益財団法人鍋島報效会
鍋島家12代当主・直映公により昭和2年に創設された、鍋島家ゆかりの品や歴史資料が展示されている徴古館。
「肥前さが幕末維新博覧会」会期中は特別展『幕末明治の鍋島家 ―大名から侯爵へ』が開催されています。約260年間にわたり佐賀藩主をつとめた鍋島家。江戸から明治へと時代が移り、大名から侯爵となった鍋島家に焦点を当てた特別展をレポートします。

企画展の目玉!14年ぶりに公開となった鍋島直正公の写真

日本人の撮影で最も古い写真といえば、島津斉彬公の写真が有名ですが、2番目に古いとされるのが安政6年(1859)に撮影された鍋島直正公の写真だというのをご存じでしょうか。
この写真の現物が、なんと徴古館で14年ぶりに展示中なのです!
「鍋島直正肖像写真」(公益財団法人鍋島報效会所蔵)

「鍋島直正肖像写真」(公益財団法人鍋島報效会所蔵)

via 写真提供:公益財団法人鍋島報效会
ケースには「御年四十六/安政六年己未年十一月於江戸/溜池邸/藩醫川崎道民拝寫」という墨書があり、江戸溜池の中屋敷にて佐賀藩医・川崎道民により撮影されたものだということが分かります。

ちなみに当時ポーズと衣装が違う6パターンが撮影されており、徴古館では維新博会期中にこの6パターンを入れ替えて展示するそうです。
いちばん知られているこの写真のオリジナルは、第1期(4月16日から2ヶ月間)だけ見られるとのこと。また、佐賀藩の精煉方が作ったとも考えられる国産最古級のカメラも展示。気になる方はお早めにチェックしてください。

佐賀藩主として、鍋島家当主としての直正公

写真提供:公益財団法人鍋島報效会 (18264)

via 写真提供:公益財団法人鍋島報效会
長崎警備などを通じ、いち早く世界をみていた10代藩主直正公。積極的に西洋の技術を取り入れ、佐賀藩を雄藩へと成長させました。徴古館では、幕末の佐賀藩を象徴する、直正公も見た蒸気車や蒸気船の雛形の現物が展示されています。

直正公も見た!蒸気車・蒸気船の雛形の現物

「蒸気車雛形」/佐賀県重要文化財・安政2年(1855)

「蒸気車雛形」/佐賀県重要文化財・安政2年(1855)

via 撮影:ユカリノ編集部
佐賀藩の精煉方が製造した蒸気車の雛形がこちら。佐賀城本丸歴史館にレプリカが展示されていましたが、こちらが本物。約160年前に直正公が実際見ていたものです。
長崎でオランダ人から入手したヨーロッパの本を参考に製造したそうで、長崎の警備をしていた佐賀ならではですね。
「蒸気船雛形」(外輪船)/佐賀県重要文化財・安政2年(...

「蒸気船雛形」(外輪船)/佐賀県重要文化財・安政2年(1855)

via 撮影:ユカリノ編集部
また、こちらも精煉方が製造したとされる蒸気船(外輪船)の雛形。単管式のボイラーだった蒸気車雛形が進化し、多管式となっています。これによって、蒸気の発生効率が向上したのだとか。この雛形が原型となり、慶応元年(1865)に三重津で凌風丸が完成しました。

どちらも160年前のものとは思えないほど精巧で、見入ってしまいます。
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