信長、秀吉、家康…三英傑と密接な関係を持っていた!大阪府堺市をめぐる歴史ミステリー
2017年5月29日 更新

信長、秀吉、家康…三英傑と密接な関係を持っていた!大阪府堺市をめぐる歴史ミステリー

戦国時代より商人の街として栄えた大阪府堺市。大坂夏の陣では、徳川方に味方したとして豊臣方に付け火され、焦土と化してしまいました。その後、徳川家の普請によって復活を遂げるのですが、かつては信長、秀吉も目をつけていたという街の痕跡を求めて、歴史エッセイストの堀江宏樹さんが現代の堺市を旅します。

堀江宏樹堀江宏樹

天下人が放っておけなかった堺の痕跡を歩く

開口神社の鳥居

開口神社の鳥居

via 写真/堀江宏樹
堺の町は1615(慶長20)年の大坂夏の陣がはじまってすぐ、大野治胤らによって付け火され、焦土と化しました。日本史に輝く3人の天下人、織田信長、豊臣秀吉、そして徳川家康と密接な関係を持った堺の町。そして、その堺の町で古くから信仰を集めてきたのが、大阪府堺市にある開口(あぐち)神社です。

開口神社には、日本書紀に登場する神功皇后が海外遠征から帰還したとき、近隣の人々が赤目魚(鯛の異名)を捧げ、それを喜んだ皇后によって設立が命じられたという伝承が伝わっています。

今回は天下人と堺の繋がりの痕跡と、当時の様子を探るべく、現地を取材してきました。

日本有数の鉄砲生産地・堺に目をつけた織田信長

 (4528)

堺の街はご存じのように、豪商たちによって動かされていました。

徳川以前にも、信長、秀吉と「天下人」との密接な関係で知られる堺は、中世以来、とくに「応仁の乱」以降、海に面していない三方を高い塀で囲い、望まぬ戦など政治のとばっちりを受けないように工夫もしていました。武士ではなく商人たちが主役という意味でも稀有の街でした。武士や大寺院といった伝統的な権威ではなく、会合衆(えごうしゅう)とよばれる36人の大商人たちがすべてを取り仕切っていたのです。

東南アジアなどとの貿易を通じて商人たちが富を貯え、豪華な邸宅を構えている様子を見たポルトガル人宣教師ガスパル・ビレラ(1561(永禄4)年来日)は、堺の街をヨーロッパ随一の貿易都市ヴェネツィアに喩え、「日本中でもっとも豊穣で有名な土地」として表現しています。

ところが、そんな堺の街も織田信長に目をつけられてからは、かつてのように自由に振る舞うことはできなくなりました。

織田信長時代の堺は、日本有数の鉄砲生産地でした。町中にも鉄砲工場はあったといわれています。
堺の鉄砲鍛冶(和泉名所図会)

堺の鉄砲鍛冶(和泉名所図会)

via 国立国会図書館所蔵
信長は堺を手に入れるべく、まず1568(永禄11)年、堺の町衆に矢銭(やせん、軍用金のこと)を二万貫も要求。それをハネられると翌年、一万もの軍で堺の街を包囲、降伏させています。二万貫といえば、現在の貨幣価値では何百億円にも相当する大金です。

結局、信長の軍事力に屈した堺の町は、軍用金二万貫の負担のみならず、重い年貢や、裁判権など堺の「自治」を象徴する権利が次々と奪れていくという現実がつきつけられ、抗議するものは容赦なく処罰されてしまいました。

今井宗久など一部の商人たちは、信長との密接な関係をもとに儲けることができましたが、堺の街全体は確実に衰退に向かいつつあったのです。

豊臣秀吉が堺を焼き払った本当の理由とは?

つづく秀吉の時代、堺の商人たちは商工業を発展させるとの目的で大坂城の周辺に移住を強制され、堺の黄金時代は終わってしまいました。

豪商たちはたんに武家に物流を提供したり、軍資金を融通するだけではありませんでした。今井宗久と織田信長の関係以上に、現代でも有名なのが千利休と豊臣秀吉の密接過ぎる関係です。「茶聖」といわれ、秀吉を含む多くの武士たちの茶道の師であった利休は、もとは魚問屋の出身者ながら、秀吉の政治顧問的な存在にすらのぼりつめました。
千利休像 (長谷川等伯画、春屋宗園賛)

千利休像 (長谷川等伯画、春屋宗園賛)

しかし、その利休も秀吉から突然、切腹を命じられ、それでも一切抗弁することなく、1529(天正19)年、亡くなりました。商人にもかかわらず、武士のように切腹を命じられたことも謎のひとつですが、その死の本当の理由は現在もよくわかってはいません。

しかしすでに天下は豊臣家から徳川家に移動しつつあることを見抜いた利休が、徳川にすりよっているどころか、豊臣家の秘密をスパイとして流していたという証拠を秀吉に見つかり、切腹に追いやられた…との仮説なども発表されています。実証は難しいものの、個人的にはありうる範囲だと思われてなりません。

2016年の大河ドラマ『真田丸』にも出てきましたが、千利休のようにウラで武器を取り扱っていた……なんて話も実際にあったのかもしれません。

大坂夏の陣の際、豊臣方に焼き討ちされてしまったのは、「伝統的に堺が徳川びいきだったから」ではなく、時代の流れが豊臣から徳川に移動しつつあることを察した堺の豪商たちの言動に、豊臣方が不満を感じていたから……といえると思います(歴史的にも、大坂の冬の陣の時点で、堺は豊臣方に焼き討ちされそうになっていたところ、外交努力でなんとかそれを回避できていたという事実がありますからね)。

ちょうどその流れの変わり目だったのが、秀吉晩年の愚行といわれる朝鮮出兵あたりから、だったのではないか、とのお話しも開口神社の宮司さんからうかがいました。

なぜ、徳川家は開口神社の遷宮に協力したのか?

堺の旧市街特有の碁盤状に張り巡らされた、幅の広い道路を歩いていると、中世日本で一番の商業都市だった堺の様子が目の前に浮かんでくるかのようでした。

この道路の広さは、交易量の多さの証、市中をさかんに物資が往来していたんだろう……などと思って歩いていたのですが、開口神社の宮司さんによると、碁盤状の道は今も昔も同じものの、道路幅が拡張されたのは、ごく最近、つまり太平洋戦争後のこと。堺が大空襲と大火事の被害に遭った後の話なのだそうです。

開口神社は、大坂夏の陣時の堺の焼き討ちでは大きな被害を蒙ったそうですが、被害がどれほどだったのか、具体的には伝わってはいないそうです。……が、神社に残された記録には

1586(天正14)年 豊臣秀吉より80石朱印状を受ける

1655(明暦元)年 徳川家宣の寄進をうけて遷宮

という2つのデータがあります。この2つの間の空白から、権力者の移り変わりと、堺の町の復興に徳川家が尽力していたということは嘘ではないんだな、ということは感じられるのです。
徳川家宣像(徳川記念財団蔵)

徳川家宣像(徳川記念財団蔵)

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堀江宏樹

堀江宏樹

歴史エッセイスト。 2017年の文庫化・新作は 『乙女の美術史 世界編』(角川文庫)7月25日発売 『本当は恐い日本史(仮)』(三笠書房)9月発売予定 『偉人たちのウソ名言(仮)』(PHP)11ー12月発売予定 近著に 『本当は恐い世界史』(三笠書房)、文庫版『乙女の美術史 日本編』(角川書店)、文庫版『愛と夜の日本史スキャンダル』、『三大遊郭』(幻冬舎)、『乙女の真田丸』(主婦と生活社)などがある。 公式

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