御朱印で巡る武将ゆかりの地~武田信玄・勝頼編~
2017年3月3日 更新

御朱印で巡る武将ゆかりの地~武田信玄・勝頼編~

老若男女問わずブームとなっている御朱印。最近では寺社オリジナルの御朱印帳が作られたり、期間限定の御朱印などもできたりと盛り上がっています。 武将にゆかりのある寺社では、家紋や旗印をあしらった朱印も多く、歴史好きにはたまらないコレクトアイテムにもなっています。そこで戦国武将を中心に、歴史人物ゆかりの寺社でいただくことができる御朱印をご紹介。今回のテーマは「武田家ゆかりの神社」です。

みのうち社みのうち社

多くの武将が起請文を奉納した生島足島神社

長野県 生島足島神社

長野県 生島足島神社

via みのうち社
上田電鉄別所線に乗り揺られる事15分。「下之郷」を下車すると見えてくるのが生島足島神社です。諏訪大社のタケミナカタにゆかりのある神社として、古くからこの地に祀られています。名称の通り、生島大神と足島大神がご祭神。

こちらで注目すべきは武田信玄やその家臣による願文や起請文。信玄はかの有名な第四次川中島合戦に際し、宿敵上杉謙信との戦いに決着をつけるべく戦勝祈願の願分を奉納しました。
また武田家に仕える甲斐・信濃の家臣たちによる信玄への忠誠を示した起請文が数多く奉納されています。その数なんと83通!
生島足島神社 歌舞伎舞台

生島足島神社 歌舞伎舞台

via みのうち社
起請文の写しは歌舞伎舞台にて展示しています。起請文とは神仏に対して誓いを立て、「ここに書かれたことを破ったらどんな神罰でも受けます」と誓わせた紙。信玄は上洛に際し、家臣や国衆に「謙信に味方しません」と誓わせたのです。信廉(のぶかど)、仁科五郎盛信、信豊といった一門衆によるものも多く、鬼気迫るものを感じます。
武田家滅亡後、上田平は真田家の統治下におかれ、真田昌幸や真田信幸によって手厚く保護されました。
生島足島神社 御朱印

生島足島神社 御朱印

via みのうち社
生島足島神社から北上すると武田晴信(信玄)が村上義清と戦い痛手を負った上田原合戦の古戦場もあります。武田信玄にとっていろんな意味で思い出深い場所のようです。

宿命のライバル・上杉謙信との対決の地・川中島古戦場八幡社

長野県 八幡原史跡公園(川中島古戦場)

長野県 八幡原史跡公園(川中島古戦場)

via みのうち社
上信越自動車道長野ICを降り、千曲川を渡ってすぐ。武田信玄と上杉謙信が激突した因縁の地、川中島古戦場にある八幡社です。川中島の戦いは通算5回行われましたが、そのほとんどはにらみ合いで終わり、唯一激しい戦闘となったのが永禄四年の第四次川中島合戦、別名八幡原の戦いです。

現在、古戦場は八幡原史跡公園として整備されてています。八幡社の側には信玄と謙信の一騎打ちの逸話を伝える「三太刀七太刀乃跡の碑」、土塁の土留めとして使用した槐の木が成長したと言われている「逆槐」、信玄の家臣・原虎胤(はらとらたね)が謙信を討ち損じたくやしさから槍を突き通したという「執念の石」などがあります。
八幡原史跡公園(川中島古戦場) 信玄と謙信の一騎打ちの像

八幡原史跡公園(川中島古戦場) 信玄と謙信の一騎打ちの像

ひときわ目を引くのが信玄と謙信の一騎打ちの像。記念撮影に最適!
via みのうち社
八幡原史跡公園(川中島古戦場) 八幡社 御朱印

八幡原史跡公園(川中島古戦場) 八幡社 御朱印

via みのうち社
川中島古戦場の付近には武田方の拠点となった海津城(松代城)、第四次川中島合戦で討死した武田信繁の墓所典厩寺、山本勘助の墓がある勘助塚など、武田家家臣ゆかりの史跡が多く点在しています。
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みのうち社

みのうち社

歴史好きなイラストレーター&ライター、デザイナー、編集者の3人組。 武将の城や偉人の史跡、神社仏閣、美術など、身近にあるものでも最大限に楽しめる「歴史エコ」な情報を発信していきたいと思います。 今後は、各種イベントや本の企画など、歴史にまつわる仕事をしていく予定です。よろしくお願いします! 公式

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