【日和見?律儀?】評価が分かれる佐竹義宣、秋田の礎を築いた藩政改革
2018年7月16日 更新

【日和見?律儀?】評価が分かれる佐竹義宣、秋田の礎を築いた藩政改革

元亀元年7月16日(1570年8月17日)、常陸の戦国大名・佐竹義宣は「鬼義重」こと佐竹義重の息子として誕生しました。父の築いた地盤を受け継いで常陸をほぼ手中に収めた義宣ですが、関ヶ原の戦いの後は遠く出羽へと転封されてしまいます。その理由は彼の人となりが原因だった?今回は佐竹義宣の生涯とゆかりの地をご紹介します。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

「鬼義重」の息子として、なかなかハードな日々を送った義宣

足を組んでいるだけで、片足というわけではないらしい

足を組んでいるだけで、片足というわけではないらしい

「鬼義重」とまで呼ばれた猛将を父に持った義宣。家督を譲られたのはかなり早く、10代中盤から後半にかけてのことでした。
この頃の佐竹氏は、南に北条氏、北に伊達氏と強敵を抱え、毎日が緊迫した状況でした。

豊臣秀吉による小田原征伐が始まると、義宣は苦しい中なんとか兵を集めて参上し、常陸と下野の一部35万石を安堵されます。
その後は父の力も借りて常陸全域に支配を拡大し、朝鮮出兵や伏見城普請など、豊臣政権の中核として活躍するようになっていきました。

律義?日和見主義?関ヶ原の戦いでの曖昧な態度

慶長2(1597)年、従兄弟の宇都宮国綱が改易され、義宣は連座させられそうになってしまいます。しかしここで助け舟を出したのが、かねてから親交のあった石田三成でした。彼の取り成しで連座を免れた義宣は、三成に大きな恩義を感じたわけです。
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義宣の小田原参陣の際も配慮したという石田三成
そのため、秀吉没後に起きた三成襲撃事件では、義宣は三成を密かに脱出させたとも言われています。それを家康に釈明した方がいいと助言されると、「三成は何も悪いことはしていないし、自分は三成に恩があるから助けただけだ」と言ったとか。

こうして突入した関ヶ原の戦いで、義宣は東軍とも西軍とも言えない態度を取ります。会津征伐に参加するかと思えば突如引き揚げてしまい、それなのに徳川秀忠には援軍を送ったのです。しかも戦後には家康と秀忠に戦勝祝いの使者を派遣するなど、日和見と思われても仕方のない行動を取りました。

義宣としては恩義のある豊臣氏や三成のことを裏切れず、かといって勢いのある徳川方に反抗することもできなかったのかもしれません。

家康はこの時、こうぼやいています。
「義宣ほど律儀な奴はいないが、律儀すぎても困る」と。

減転封となった秋田での藩政改革

戦後、こうした態度のためか、義宣は常陸54万石から出羽秋田20万石へ減転封されてしまいます。
ここで彼は拠点となる久保田城を築城し、名君といってもいい善政を行いました。家柄を問わない人材登用や、城下町の整備、農地の開墾など内政に尽力したのです。
この城下町が、現在の秋田市の原型といわれています。
義宣が築城した久保田城の御隅櫓(復元)。天守がないのは...

義宣が築城した久保田城の御隅櫓(復元)。天守がないのは、財政問題と幕府への配慮からだという。

久保田城表門:本丸の正門で、文献や発掘調査をもとに再建された

久保田城表門:本丸の正門で、文献や発掘調査をもとに再建された

現在は千秋公園内にある久保田城跡。復元された御隅櫓や表門など、見どころがたくさんありますよ。
近くにある佐竹史料館では、初代藩主である義宣のほか、歴代藩主の功績を知ることができます。義宣所用の具足も展示されていますよ。

義宣の死後、久保田藩は明治維新まで続きました。
関ヶ原の戦いで日和見主義と評価されがちな義宣ですが、現在の秋田市の礎を築いたともいえる藩政改革には、そのまじめさが表れているのではないでしょうか。

(xiao)
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