西南戦争に散る…西郷から信頼された薩摩隼人・篠原国幹
2018年12月10日 更新

西南戦争に散る…西郷から信頼された薩摩隼人・篠原国幹

新政府を去った西郷隆盛の後を追って、多くの旧薩摩藩士が下野しました。その中にいたのが、今回ご紹介する篠原国幹です。南洲墓地では西郷の隣に埋葬されている彼は、西郷から絶大な信頼を置かれていました。その生涯とともに、戦いの軌跡や「習志野」の地名の由来になったという説もあるゆかりの地を紹介しましょう。

ユカリノ編集部ユカリノ編集部

上野戦争でも大活躍!陸軍少将・篠原国幹

篠原国幹(しのはら・くにもと)

篠原国幹(しのはら・くにもと)

和漢学に通じ、藩校の句読師も務めたことがあるという。
天保7(1837)年、西郷らと同じく鹿児島の加治屋町に生まれた篠原国幹。若くして文武両道の秀才だったといいます。文久2(1862)年には有馬新七らと討幕を企図して失敗しますが、その後は薩英戦争や戊辰戦争に従軍し活躍しました。

特に彰義隊を相手に戦った上野戦争での激戦はすさまじく、西郷が退去命令を出してもなお篠原は戦い続け、敵を撃ち破ったのです。
篠原は正面の黒門口攻めを担当したという。

篠原は正面の黒門口攻めを担当したという。

廃藩置県後、篠原は鹿児島常備隊隊長となり、その後は陸軍少将にまで出世しました。

当時は大和田原と言った習志野の地で西郷が組織した御親兵の軍事演習を行った後に、明治天皇はこの地を「習志野ノ原」に改名させたのですが、一説には篠原の指揮の見事さに感心した天皇が「篠原にならえ」と言ったことから「習志野」の地名になったという説があるのだとか。

「習志野」地名発祥の地

写真提供:船橋市 (26419)

「習志野地名発祥の地 附 明治天皇駐蹕之処の碑」
via 写真提供:船橋市

西郷と共に下野、そして西南戦争へ

明治6(1873)年、西郷が政府を辞して下野すると、篠原もそれを追って下野します。多くの薩摩出身者が政府を去りましたが、篠原が去る前には「篠原少将がいれば、たとえ桐野利秋らが去っても憂うこともない」と言われていたそうで、篠原の下野は新政府に相当のショックを与えたようです。

鹿児島に戻った篠原は、桐野や村田新八らと私学校を創設し、子弟教育に当たりました。
しかし、政府と旧薩摩藩士の緊張感はどんどん高まり、ついには西南戦争へと突入してしまいます。篠原は西郷軍で軍の編成を一手に担い、一番大隊を指揮して熊本城攻城戦に参加しました。
「鹿児島暴徒出陣図」(月岡芳年画)では西郷の左に篠原が...

「鹿児島暴徒出陣図」(月岡芳年画)では西郷の左に篠原が描かれている。

官軍が反撃に転じると、西郷軍は田原坂・吉次峠で激戦を繰り広げました。屍が折り重なった吉次峠は、官軍が「地獄峠」と呼ぶほどだったといいます。

そして明治10(1877)年3月4日の早朝、吉次峠で赤い裏地のマントを翻して陣頭指揮に当たる篠原の姿を、官軍に属したかつての部下が発見します。するとそれを目印に一気に銃弾が撃ち込まれ、篠原はその場で命を落としました。

篠原国幹戦没地

現在では桜の名所となっている篠原国幹戦没地

現在では桜の名所となっている篠原国幹戦没地

via 写真提供:玉東町教育委員会
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